2026年の春、私は「ちゃんと寝ているのに動けない」という感覚に、ずっと悩まされていた。
長い日は11時間以上寝ている。それでも朝起きると身体が重い。頭がぼんやりして、やるべきことがあるのに手がつかない。
一方で、3〜4時間睡眠でも普通に起きられる日もある。
最初は単純に、「年齢のせいかな」と思っていた。私は49歳で、引越しのアルバイトや飲食店の仕事をしながら生活している。肉体労働の疲労が残るのは自然なことだ。
でも、毎日の行動ログを細かく記録していくうちに、少しずつ違うことに気づき始めた。
どうも私は、「疲れているから動けない」のではないらしい。
むしろ問題は、「起きたあと、どこへ向かえばいいのか分からない」ときに発生していた。
朝7時、3時間睡眠。それでも海へ行きたかった
その日の私は、朝7時に起きた。睡眠時間は3時間。夢見も悪かった。しかも、11時半から22時までアルバイトが入っていた。
普通なら、休む方向へ気持ちが傾いてもおかしくない条件だったと思う。
それでも私は、「波が良いから海へ行こうかな」と悩んでいた。
サーフィンは、私にとって単なる趣味ではない。
海へ向かう時間、波を見ながら歩く時間、朝の空気を吸いながら少しずつ頭が起きていく感覚。そういう一連の流れそのものが、生活の“起動スイッチ”になっていた。
以前の私は、毎朝のように海へ行っていた。
波チェックをして、そのままサーフィンをする日もあれば、自分で運営している波情報サイトの精度確認をすることもあった。
海を見ることが、そのまま「今日を始める行為」になっていたのだ。
でも、この頃の私は少し変わっていた。
波を見ても、自分が入れる状態ではない日がある。
入れたとしても、その日の体力をかなり消耗してしまうコンディションもある。
若い頃のように、「とりあえず行けば何とかなる」という感じではなくなっていた。
だから私は、その日も迷っていた。
海へ行くか。
休むか。
身体を温存するか。
徒歩か、自転車か
今振り返ると、その日の迷いは「海に入るかどうか」だけではなかった。
私は、「徒歩で行くか、自転車で行くか」でも悩んでいた。
一見すると、些細な話に聞こえるかもしれない。
でも、自分の中ではかなり重要だった。
徒歩で行くと、少しずつ身体と頭が起動する。
その代わり、時間はかかる。
自転車なら効率が良い。
でも、身体も頭もショートカットしてしまう。
つまり私は、移動手段を選んでいたのではなく、
「今日は起動を優先するのか」
それとも
「成果を優先するのか」
を選ぼうとしていたのだと思う。
この頃の私は、そんな細かいことばかり考えていた。
でも今思うと、それは決して無意味ではなかった。
人間って、意外と「気合い」で動いているわけではない。
どこへ向かうか。
何に接続できるか。
朝、最初に何を見るか。
そういう小さな条件の積み重ねで、その日の状態がかなり変わる。
「やる気がない」のではなかった
当時の私は、旅行サイトの記事執筆が止まり始めていた。
以前は毎日のように記事を書いていたのに、急に手がつかなくなった。
一方で、請求書発送や会計入力、家事のような作業は普通にできる。
最初は、「自分は怠けてしまったのではないか」と思った。
でも、ログを読み返しているうちに、少し違うことが見えてきた。
私は、「何もできなくなった」のではなかった。
正解が曖昧で、判断量が多くて、ゴールが遠いものだけが止まっていた。
記事執筆は、「何を書くか」を自分で決めなければいけない。
どこから始めるかも、自分で決める必要がある。
つまり、開始地点が曖昧なのだ。
逆に、請求書発送や会計入力は違う。
やることが決まっていて、終わりも明確で、判断が少ない。
だから進められる。
このことに気づいたとき、私は少し救われた。
「自分はダメになったわけではない」
そう思えたからだ。
人は、疲労だけで止まるわけじゃない
私は昔、仕事を無理しすぎて、うつ状態になり半年ほど療養したことがある。
だから今は、「無理を押し切って頑張る」という考え方に、以前ほど肯定的ではない。
その代わり、自分を観察するようになった。
どんなときに止まるのか。
何なら進めるのか。
何をすると、少しだけ前へ動けるのか。
そうやって毎日の行動を記録していると、少しずつ分かってきたことがある。
人は、単純に「疲れているから止まる」わけではない。
むしろ、
「どこへ向かえばいいか分からない」
「次に接続する先が見えない」
そういう状態のときに、人は動けなくなる。
逆に、たとえ疲れていても、「ここへ行けばいい」が見えていると、不思議と動けたりする。
だからあの日の私は、海へ行こうとしていたのだと思う。
良い波に乗りたかっただけじゃない。
鈍くなった自分を、もう一度起動したかったのだ。
今振り返ると、あの頃の私は毎日、「どうすれば自分を壊さずに前へ進めるか」を探していた。
海へ行くか。
休むか。
少しだけ進めるか。
そんな小さな選択を繰り返しながら、私はたぶん、「生き方そのもの」を調整していたのだと思う。