「努力不足」と言われた夜に考えたこと。誰かと仕事をするとき、本当に苦しいのは“作業量”ではない

働き方・仕事

仕事をしていると、ときどき「なんでこんなに苦しいんだろう」と感じる瞬間がある。

忙しいからではない。
作業量が多いからでもない。

むしろ、自分ではかなりやっているつもりなのに、その努力そのものを否定されたように感じるとき、人は一気に消耗する。

最近、海外向けの旅行系サイトを一緒に運営しているパートナーとのやり取りで、そんな感情を強く感じた。

「成約が出ないのは、あなたの努力が足りないからではないか」

言葉として明確にそう書かれていたわけではない。
でも、メッセージの空気には、確かにそういう圧力があった。

しかも、その相手は、こちらが何度お願いしても送ってこなかった情報がある。
サイトの信頼性を上げるために必要な自己紹介文。
お客様に安心してもらうために重要なプロフィール情報。

それが無いまま、こちらは構成を考え、文章を整え、SEOを調整し、ページ全体の整合性を維持しながらサイトを更新していた。

さらに過去には、お客様の了承も得ずに「利用者の声」を送ってきて、こちらが慌てて止めるような場面もあった。

つまり、問題は「更新していないこと」ではない。
そもそも、安全に運営するための前提条件が揃っていないのである。

Web制作は「見えない判断」の連続

外から見ると、Webサイトの更新は簡単そうに見える。

文章を入れて、画像を貼って、公開する。
それだけに見えるかもしれない。

でも実際は違う。

ひとつのページを更新するだけでも、

  • この情報は法律的に問題ないか
  • 他ページとの整合性は取れているか
  • SEO上、既存記事と競合しないか
  • ユーザーの導線は崩れないか
  • 信頼感を損なう表現になっていないか
  • 今後のサイト全体の方向性と矛盾しないか

そういう“見えない判断”を大量に行っている。

しかも、その判断は正解がない。

だから消耗する。

特に、自分の名前や信用が乗っているサイトほど、その負荷は大きい。

更新ボタンを押すだけなら数秒で終わる。
でも、その数秒の裏側に、何時間もの思考がある。

これは、実際に運営をしたことがある人でないと、なかなか伝わらない。

「やっていない人」ほど、急かしてくることがある

少し苦しい話になるけれど、仕事では時々こういうことが起きる。

実務の負荷を理解していない人ほど、「まだ?」「早く」「更新した?」と急かしてくる。

もちろん、相手にも不安はあるのだと思う。
成果が出ない焦りもあるだろう。

でも、本来ならその不安は、「どう改善するか」を一緒に考える方向に向くべきだ。

ところが、余裕がなくなると、人は原因を“人格”に置き換え始める。

「仕組みの問題」ではなく、
「あなたの努力不足」へ。

これはかなり危険な状態だと思う。

なぜなら、改善可能な課題が、感情的な責任論に変わってしまうからだ。

本当に疲れるのは、「責められること」より「理解されないこと」

今回、自分でも意外だったのは、怒りより先に「虚しさ」が来たことだった。

たぶん私は、「忙しい」のはある程度耐えられる。

長時間作業もできる。
アルバイトをしながら深夜にサイト更新をすることもある。

でも、「その裏側を見てもらえない状態」が続くと、急激にエネルギーが削られていく。

人は、評価されたいわけではなくても、
「見えている」と感じられないと苦しくなる。

これは会社員でも、フリーランスでも、家庭でも同じなのかもしれない。

頑張りを褒めてほしいわけじゃない。
ただ、「簡単にできると思われること」が苦しい。

繊細さは、時々“損”に見える

私は昔から、人の感情や空気に敏感なほうだった。

相手がイライラしているとか、責めているとか、言葉にされなくてもなんとなく分かってしまう。

正直、それで疲れることも多い。

もっと鈍感なら楽なのに、と思ったこともある。

でも最近は、その感覚が「悪いものだけではない」とも思っている。

細かい違和感に気づけるから、危険な表現を止められる。
ユーザーが不安になるポイントを先回りして調整できる。
相手が言葉にできない不満を感じ取れる。

そういう力は、数字では見えない。

だから、成果だけで評価される環境では、とても説明しづらい。

でも、長く仕事を続けるほど、結局そういう部分が信頼を作るのだとも感じている。

「ふざけんなよ」は、壊れる前の正常な感情かもしれない

あの日、私はかなり腹が立っていた。

「なんなんだよ、ふざけんなよ」

久しぶりに、かなり強い感情が出た。

でも今振り返ると、あれは単なる怒りではなく、「自分の境界線」が反応した感覚だったのかもしれない。

人は、限界を超えてもなお我慢し続けると、自分が何に傷ついているのか分からなくなる。

だから、ときには怒りも必要なのだと思う。

「それは違うだろ」と感じる感覚。
「そこまで言われる筋合いはない」と思う感覚。

それは関係を壊すためではなく、自分を守るために存在している。

特に、責任感が強い人ほど、自分を責める方向へ行きやすい。

だからこそ、「怒りが出た」という事実自体を、少し丁寧に見てもいいのかもしれない。

成果が出ない時期ほど、「誰と組むか」が露呈する

仕事は、うまくいっている時は問題が見えにくい。

でも、結果が出ない時期になると、その人が何を大事にしているかが急に表れる。

責任を押し付けるのか。
一緒に改善を考えるのか。
短期の成果だけを見るのか。
積み上げを信じられるのか。

今はまだ、答えは出ていない。

でも少なくとも私は、「急かされながら消耗し続ける働き方」を、このままずっと続けたいわけではない。

サイト運営も、ものづくりも、本来はもっと静かで、積み上げ型の仕事のはずだから。

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