「サーフィン帰りに見えた、誰かが働き続けている現実」──親への感謝を初めて身体で理解した朝

人生と仕事

サーフィン帰りに、思わず立ち止まった

今日は朝からサーフィンをしていた。

台風のうねりが入っていて、少し怖さもある海だった。

短時間で海から上がり、その帰りにコンビニへ寄った。

プロテインを買おうと思っただけだった。

でも、店へ入った瞬間、少し驚いた。

魚べいで一緒に働いている主婦の方が、早朝のコンビニバイトをしていた。

しかも話を聞くと、

朝6時から9時までコンビニ。

その後、9時半から夜8時まで魚べい。

かなり長時間働いている。

正直、かなり衝撃を受けた。

自分は海に入っていた時間に、誰かは働いている

もちろん、頭では分かっている。

世の中には朝早くから働いている人がたくさんいる。

でも今日は、それが急に現実感を持って入ってきた。

自分は朝から海へ行っていた。

波を見て。

怖い思いをして。

それでも「海に入れる時間」を持てていた。

その同じ時間に、誰かは働いている。

しかも、それを毎日のように続けている。

その事実が、今日は妙に胸へ入ってきた。

「なんでこんなに働くんだろう」と思った

正直、最初に思ったのは、

「なんでこんなに働かないといけないんだろう」

だった。

もちろん理由は人それぞれだと思う。

生活費。

家賃。

将来への不安。

子供の教育費。

特に子供が大学へ進学するとなると、本当にお金がかかる。

しかも最近は、学費だけでは済まない。

生活費。

交通費。

教科書代。

色々なものが積み重なる。

そう考えた時、ふと思った。

もしかすると、自分の親もこうだったのかもしれない。

「大学へ行けた」の裏側

自分は私立の理系大学へ進学させてもらった。

さらに専門学校にも通っている。

当時は、それを「普通」だと思っていた。

もちろん感謝はしていたつもりだった。

でも最近、自分自身が働く側になって、少し感覚が変わってきた。

例えば最近の自分は、

  • 引っ越しバイト
  • 飲食店
  • Web制作
  • ブログ運営
  • AI活用

みたいに、色々な仕事を並行している。

そして最近、かなり実感する。

“生活を維持するために働く”

って、本当に大変だ。

身体も削られる。

神経も消耗する。

時間も減る。

しかも最近は、ただ働くだけじゃなく、

「働いたあと、ちゃんと回復できるか」

までかなり重要になってきている。

だから今日、早朝から働く人を見た時に、

急に親のことを思い出した。

「支えられていた側」だったんだなと思った

若い頃って、自分が「育てられている側」だという感覚があまりない。

ご飯が出てくる。

学校へ行ける。

生活が回っている。

それが当たり前のように感じてしまう。

でも最近、自分も働く側になって分かった。

生活って、誰かがかなり頑張って成立させている。

しかも、その頑張りって、子供側には見えないことも多い。

疲れていても働く。

朝早く起きる。

不安があっても動く。

それを何年も続ける。

そう考えると、

「大学へ行けた」

という事実の重みが、以前とは少し違って感じられるようになった。

最近、「親孝行したい」という感覚が少し分かってきた

昔は、正直あまり親孝行という感覚が分からなかった。

もちろん嫌いだったわけではない。

でも、どこか照れくさかった。

何をすればいいのかも分からなかった。

でも最近、自分も年齢を重ねて、働く大変さや生活の重さを実感するようになった。

すると自然に、

「何か返せたらいいな」

と思うようになってきた。

ただ最近思う。

親孝行って、必ずしも大きなお金や特別なプレゼントじゃないのかもしれない。

「ちゃんと生きている」が、一番安心なのかもしれない

最近感じるのは、親世代って、

“子供がちゃんと生きている”

だけでも、かなり安心するんじゃないかということだ。

もちろん心配は尽きないと思う。

でも、

  • 元気そう
  • 少し落ち着いている
  • 無理をし過ぎていない
  • 自分なりに前へ進んでいる

そういう姿を見せること自体が、実はかなり大きいのかもしれない。

特に最近の自分は、

「どこまで頑張れるか」

より、

“壊れずに続けられるか”

を考えるようになってきた。

もしかすると、それもある意味では親孝行なのかもしれない。

「働く側」になって初めて見える景色がある

今日の朝、コンビニで偶然見た光景は、ほんの数分の出来事だった。

でも、自分の中ではかなり大きかった。

若い頃には分からなかったこと。

働く側になって初めて見えること。

支えられていたこと。

誰かが頑張ってくれていたこと。

そういうものを、今日は少し身体で理解できた気がする。

今すぐ大きな親孝行はできないかもしれない。

でもせめて、

「ありがとう」

と思えること自体が、以前より少し前へ進めている気がしている。

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