「株式会社ピースの複合機営業電話に疲れてしまった」──“悪意のない圧”が心を削ることがある

感情と言葉

「営業です」と言われる前から、もう疲れている

最近、「株式会社ピース」という会社から複合機の営業電話がかかってきた。

内容自体は、よくある法人営業だ。
「複合機の見直しをしませんか?」
「コスト削減できます」
「今の契約より安くなる可能性があります」

きっと、向こうも仕事としてやっている。
悪気があるわけではない。
むしろ丁寧だったと思う。

でも、電話を切ったあと、妙に心が重かった。

怒っているわけではない。
嫌なことを言われたわけでもない。
ただ、“人から何かを迫られる感じ”だけが、ずっと残った。

そして、こういう感覚は、昔から何度もあった気がする。


「断る」という行為は、意外とエネルギーを使う

世の中には、営業電話をサッと切れる人がいる。

「今いらないです」
「結構です」
「必要ないです」

数秒で終わる。

でも、自分のように人の感情を強く受け取ってしまうタイプの人間にとっては、これが意外と難しい。

相手が困っていそうに感じる。
相手の“仕事として頑張っている感じ”まで伝わってくる。
だから無下に切れない。

すると、会話が長引く。

長引けば長引くほど、こちらの集中力は削られる。
しかも、営業電話というのは、基本的に“相手のペース”で進む。

こちらが「考えます」と言えば、
「ちなみに今はどちらの機種ですか?」
「月何枚くらい印刷しますか?」
「リース期間はいつまでですか?」

気づけば、こちらの情報を整理しながら話すモードに入ってしまう。

でも、本当はその時、自分は別のことを考えていた。
記事を書こうとしていたかもしれない。
コードを書いていたかもしれない。
頭の中で、ようやく何かが繋がり始めていた瞬間だったかもしれない。

そこに突然、外部から別の文脈が割り込んでくる。

これが、想像以上に疲れる。


「圧が強い人」が苦手なのではなく、“他人の熱量”が流れ込んでくる

昔は、自分は「営業が苦手なんだ」と思っていた。

でも最近は、少し違う気がしている。

苦手なのは、営業そのものではない。
“他人の熱量が一気に流れ込んでくる状況”なのだと思う。

特に電話は逃げ場がない。

文章なら、自分のタイミングで読める。
SNSなら閉じられる。
メールなら後回しにできる。

でも電話は、“今ここ”に強制的に接続される。

しかも営業電話というのは、相手側に「会話を成立させる目的」がある。
つまり、相手は会話を終わらせたくない。

こちらは集中を守りたい。
相手は会話を続けたい。

この見えない綱引きが、静かに消耗を生む。


フリーランスは、「いつでも対応可能な人」に見えやすい

自営業をやっていると、営業電話は本当に多い。

SEO。
MEO。
複合機。
電力。
助成金。
ホームページ制作。
集客代行。

しかも不思議なのは、自分自身もWeb制作側の人間だったりすることだ。

だから営業トークの構造が分かる。
「こういう切り口で不安を作っているんだな」
「ここで比較優位を出そうとしているんだな」
みたいなことまで見えてしまう。

見えてしまうからこそ、逆に疲れる。

相手を責めたいわけではない。
むしろ、“生きるために頑張っている人”だという感覚まで伝わってきてしまう。

でも、その感情まで受け取っていると、自分の心がもたない。

だから最近は、「優しくあること」と「全部を受け取ること」は別なんだと思うようになった。


「感じ取れてしまう人」は、自分の境界線を学び直す必要がある

昔の自分は、断ることに罪悪感があった。

でも今は少しだけ分かる。

断ることは、相手を否定することではない。

自分の集中や心を守るための、環境設定に近い。

例えばパソコンでも、常に大量の通知が来ていたら重くなる。
必要なものまで処理できなくなる。

人間も少し似ている。

特に、いろんな情報や空気を感じ取ってしまう人は、“何を入れないか”がすごく重要になる。

昔はそれを「弱さ」だと思っていた。
でも最近は、感度が高いからこそ起きる現象なんじゃないかとも思う。

高感度のマイクは、小さな音も拾える。
でも、その分ノイズにも弱い。

だから必要なのは、「鈍感になること」ではなく、入力を調整することなのかもしれない。


最後に

営業電話を受けただけ。
それだけの話かもしれない。

でも、人によっては、それが一日の集中力を大きく削ることがある。

そして、その疲れは外から見えにくい。

「そんなことで疲れるの?」
と言われたら、説明が難しい。

でも実際には、“人との接続”にはエネルギーがいる。

特に、相手の感情や空気まで受け取ってしまう人にとっては、なおさらだ。

だから最近は、
「ちゃんと断る」
「必要以上に背負わない」
「自分の集中を守る」
ということを、少しずつ覚え直している。

それは冷たさではなく、長く生きていくための調整なのだと思う。

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