「休むのが下手な人」は、限界が来るまで疲労に気づけないことがある

サーフィンと生活

11時間寝て、ようやく「疲れていたんだ」と気づいた

今日は11時に起きた。

昨日寝たのは深夜0時頃だったので、睡眠時間は11時間くらいになる。

起きた瞬間、最初に思ったのは、

「え、こんなに寝たのか」

だった。

最近は2時半や3時頃に目が覚めることも多かったので、自分の中では少し珍しい感覚だった。

ただ、身体の感覚としては、むしろ「やっと回収が始まった」みたいな感じに近かった。

頭が完全にスッキリしているわけではない。

前腕はだるいし、鼻水も出る。

なんとなく身体が重い。

でも逆に、その重さのおかげで、「ああ、自分は思ったより疲れていたんだな」と少し理解できた気がした。

疲れている時ほど、人は疲労を見失うことがある

不思議なのだけれど、人って本当に疲れている時ほど、「自分が疲れている」と認識できなくなることがある。

特に、毎日やることが多い時ほどそうだ。

仕事。
人間関係。
生活。
お金。
将来。
やらなければいけないこと。

そういうものをずっと頭の中で回し続けていると、「疲労を感じる暇」がなくなる。

私も最近、そんな感じだった。

毎日少しずつ前に進んではいる。

ブログを書いて、AIと対話して、仕事をして、生活を回している。

だから、「動けている=まだ大丈夫」と、どこかで思っていた。

でも実際には、身体のほうは静かに疲労を溜めていたらしい。

疲労は、「その日」に出るとは限らない

最近、前腕の筋肉痛が少し遅れて出ることが増えた。

特に引っ越しのアルバイトをしたあとに感じる。

当日は意外と平気だったりする。

むしろアドレナリンで動けてしまう。

でも、2日後くらいに急に来る。

前腕がだるい。
身体が重い。
妙に眠い。

「ああ、今ごろ来たか」

みたいな感じになる。

若い頃は、疲労ってもっと分かりやすかった気がする。

動けば疲れる。
寝れば回復する。

でも年齢を重ねると、疲労が少し“時差”を持ち始める。

しかも厄介なのは、精神的な負荷も一緒に混ざることだ。

身体だけではなく、「考え続けていること」そのものが疲労になる。

サーフィンに行けない日の、少し複雑な気持ち

今日は本当はサーフィンをやるつもりだった。

波も、完全にフラットではなかった。

「なんとか成立するかな」くらいの感じだった。

だから余計に迷った。

これが大荒れなら、逆に諦めがつく。

でも、“入れなくはない波”って、一番判断が難しい。

以前の自分なら、たぶん無理して入っていたと思う。

疲れていても、とりあえず海へ向かっていた。

でも今日は、どう考えても身体がそっちへ向かなかった。

正直、少し悔しかった。

波があるのに入れない。

サーファーなら、多分みんな一度は感じる感覚だと思う。

でも最近は、その「行かない判断」も、サーフィンを続ける一部なのかもしれないと思い始めている。

海へ行かない日にも、生活は次の波へ繋がっている

昔は、サーフィンしていない日は「止まっている日」みたいに感じていた。

でも最近は少し違う。

ちゃんと寝ること。

疲労を回収すること。

風邪を悪化させないこと。

無理を押し切らないこと。

それも全部、次に海へ行くための準備なんじゃないかと思うようになった。

サーフィンって、海の中だけで完結していない。

どんな生活をしているか。

どれだけ余白を残せているか。

ちゃんと眠れているか。

そういう“海の外の状態”が、そのまま波に出る。

疲れている時って、波を見ても焦る。

一本乗れないだけでイライラする。

逆に少し回復している時は、不思議と落ち着いて海を見られる。

たぶん、サーフィンって技術だけじゃない。

「どんな状態で海へ向かっているか」の影響がかなり大きい。

「まだ動ける」は、「回復している」とは違う

最近、自分の中で少し分けて考えるようになったことがある。

それは、

「まだ動ける」と、「ちゃんと回復している」は違う

ということだ。

頭が動く日ってある。

ChatGPTとも会話できる。

記事構成も考えられる。

だから、「今日は普通にいけるな」と思う。

でも身体は、別の判定を出していたりする。

鼻水が出る。

妙に眠い。

集中力が細かく切れる。

そういう小さなサインが、後からまとめて来る。

昔は、そのサインをかなり無視していた。

「まだやれる」で押し切っていた。

でも最近は、そういう小さい違和感のほうが、むしろ重要なんじゃないかと思うようになった。

休むのが下手な人ほど、「壊れる直前」まで走ってしまう

たぶん私は、昔から「止まり方」があまり上手くなかった。

動けるなら動く。

少し無理してでも進める。

そういう感覚がかなり強かった。

でも、それを長く続けると、ある日まとめて崩れる。

実際、以前かなり無理をして、動けなくなった時期がある。

だから最近は、「限界まで頑張る」より、「長く続けられる状態」を少しずつ作るほうを意識している。

今日みたいに11時間寝る日も、たぶんその一部なんだと思う。

完璧に回復したわけではない。

まだ鼻水も出るし、身体も重い。

でも少なくとも、身体は「今は回復側へ行きたい」と言っている。

それを無視し続けないこと。

最近は、それも生活を整えることの一部なんじゃないかと思っている。

そしてたぶん、長く海へ入る人って、「無理して入る強さ」だけじゃなく、「今日は行かない」を選べる強さも持っているのだと思う。

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