新人にきつく当たる職場へは戻れない|応援出勤で見えた「人が残らない理由」

労働と現実

昨日は、引っ越しのアルバイトで、以前所属していた営業所への応援出勤だった。仕事の流れも建物の様子も知っている。初めて行く場所より気は楽なはずだった。

勤務を終えて帰宅し、少しだけパソコン作業をした。そのまま眠り、深夜に一度目が覚めたので、また少し作業を進めた。けれど長くは続かず、力尽きて横になった。仮眠のつもりだったが、あれはたぶん「本睡眠の2回目」だったのだと思う(笑)。

その後も起きたり眠ったりを繰り返し、きちんと起きたのは11時半。引っ越しの仕事の翌日は、これまでもだいたい同じような流れになる。「また午前中を失った」と焦る気持ちがないわけではない。それでも今朝は、まあ仕方ないか、と思った。身体が必要としているだけ眠ったのだろう。

帰宅直後に少し動けても、本当に疲れていないとは限らない。この感覚については、以前にも書いた。

慣れた場所なのに、空気が気になった

応援先は以前の職場なので、懐かしさもあった。顔を知っている人がいて、向こうも自然に声をかけてくれる。仕事の段取りにも慣れている。だから昨日は、作業そのものより、人の話し方や場の空気のほうが気になった。

新人のアルバイトに対して、何人かの社員が馬鹿にするような言葉を口にしていた。本人のいないところで笑い話にしたり、できないことを最初から能力の低さのように扱ったりする。言葉だけではなく、接し方にも少しにじんでいるように見えた。

もちろん、私が見たのは一日の一部にすぎない。忙しさで言葉が荒くなる日もあるし、普段の関係性までは分からない。冗談として成立している場面もあったのかもしれない。

それでも、「やはりこの空気は苦手だ」と感じた。

新人が心許ないのは、当たり前だ

新人の動きが心許ない。それ自体は当然のことだと思う。

どこに立てば邪魔にならないのか。次に何を準備するのか。荷物をどう持てば安全なのか。現場ごとに状況が変わる仕事では、説明を聞いただけですぐ動けるようにはならない。私自身も、最初からできていたわけではない。

もちろん、危険な仕事だから、強く止めなければならない場面はある。重い荷物や建物を傷つける可能性もあるので、「優しく教えればすべて解決する」とも思わない。

ただ、危険を止める厳しさと、できない人を馬鹿にすることは別だ。

間違いをその場で具体的に直せば、新人は次に生かせる。しかし、人格や能力を笑われれば、質問すること自体が怖くなる。分からないのに聞けず、さらに失敗し、その失敗がまた笑われる。そんな循環に入れば、成長する前に辞めたくなるのも不思議ではない。

人を育てようとする姿勢が、実際の教え方にどう表れるかは、現在の職場へ移った初日に感じたことでもある。

場所を移したから、違いが見えた

以前この職場にいた頃は、「引っ越しの現場とは、どこもこういうものなのかもしれない」と思っていた。口調が強いのも、仕事ができない人への当たりがきついのも、忙しい現場では仕方がないのだろう、と。

今の職場にも、まだ仕事を覚え切れていない新人はいる。内心では困っている人もいるだろう。けれど、少なくとも人前で馬鹿にする言葉を繰り返し聞くことはない。できないことを注意する場面はあっても、それを笑いの材料にする空気は薄い。

この差を知ってから以前の職場へ戻ると、昔はうまく言葉にできなかった違和感が、少し輪郭を持って見えてきた。

職場を移した直後には、人が足りない場所ほど言葉や対応が荒れ、それによってまた人が離れていく循環について考えた。

あの記事を書いた時点では、環境を変えたことで以前の職場を外から見られるようになった、という段階だった。昨日は実際にそこへ戻り、新人への接し方を目にしたことで、「人が残らない」という結果の手前で何が起きているのかを、もう少し具体的に感じた。

「戻ってきなよ」に、答えは決まっていた

勤務中、「またこっちに戻ってきなよ」と声をかけられた。

悪意のある誘いではなかったと思う。慣れた人が戻れば、現場としては助かるのだろう。知っている人からそう言ってもらえること自体は、ありがたい。

けれど心の中では、ほとんど間を置かずに「それはないな」と答えていた(笑)。

以前なら、誘ってもらった申し訳なさや、慣れている場所への安心感に引っぱられて、少し迷ったかもしれない。今は、仕事のきつさだけで職場を選ばなくなった。新人や立場の弱い人がどう扱われるか。失敗したとき、教える言葉が返ってくるのか、それとも笑いが返ってくるのか。自分が直接その対象でなくても、そういう空気の中に長くいると神経は削られる。

一日応援に入っただけで、職場全体やそこで働く人すべてを決めつけるつもりはない。これから雰囲気が変わる可能性もある。ただ、少なくとも昨日の自分には、戻りたいと思える理由が見つからなかった。

人が残らない職場には、大きな事件だけでなく、毎日の小さな言葉が積み重なっているのかもしれない。新人が育つ前に諦めてしまうのは、本人の根性だけの問題ではない。

昨日の応援勤務で分かったのは、どちらが完璧な職場かではなかった。自分がこれから、どんな空気の中で働きたいのか。その基準が、以前より少しはっきりしたということだった。

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