長いあいだ、あるクライアントにWebサービスを提供していた。
ブラウザ上で条件を入力すると、利用者に必要な情報が分かりやすく表示される仕組みである。単に計算結果を出すだけではなく、専門知識がない人でも迷わず使えるように、画面構成や操作方法を何度も調整してきた。
どの情報を最初に見せるべきか。
どの表現なら誤解されにくいか。
スマートフォンでも無理なく操作できるか。
実際に使われる場面を想像しながら、少しずつ形にしてきたサービスだった。
ところが、クライアントから解約の連絡を受け、サービスの提供を終了したあと、相手のWebサイトを確認すると、ほとんど同じ内容のページが掲載されていた。
それを見た瞬間、力が抜けた。
解約されたことより、仕組みだけ残されたことがつらい
サービスの解約自体は、仕事をしていれば起こり得る。
予算が変わることもある。運営方針が変わることもある。こちらが提供している内容と、相手が今後必要とするものが合わなくなることもある。
それだけなら、残念ではあっても受け止められる。
今回つらかったのは、関係を終了したあとに、自分が作ったものとほとんど同じ仕組みが、相手のサイトへ残っていたことだった。
こちらとの契約は終わる。
しかし、必要だった仕組みは使い続けられる。
自分そのものが不要になったのではなく、必要な部分だけを切り離して持っていかれたような感覚が残った。
Webサービスの価値は、完成した画面だけにあるわけではない。
その裏には、調査、試作、修正、失敗、判断の積み重ねがある。完成したものだけを見れば簡単に作れそうでも、そこへ到達するまでに考えたことは、画面上には現れない。
その見えない時間まで、軽く扱われたように感じてしまった。
ブラウザで動く以上、守りきれない部分がある
今回のサービスは、JavaScriptを使ってブラウザ上で動く仕組みだった。
ブラウザで処理を行う以上、プログラムは利用者側へ送られる。ソースコードを完全に隠すことは難しく、調べようと思えば、仕組みの一部を確認できてしまう。
技術的には、それは理解していた。
しかも、似た経験は今回が初めてではない。以前にも、自分が作ったWebツールとよく似たものを見つけたことがあった。
だから、「公開している以上、仕方がない」と考えることもできる。
しかし、仕方がないと理解することと、何も感じないことは別だ。
作るたびに模倣される。
関係が終われば、仕組みだけが残る。
そうしたことが繰り返されると、また改善しよう、新しい機能を加えようという気持ちが弱くなっていく。
守れないことそのものより、作ったものを守るために、さらに多くの時間や労力を使わなければならない構造に疲れてしまったのだと思う。
サービスの方向性にも迷いがあった
このプロジェクトには、以前から別の引っかかりもあった。
扱っている分野は、人が迷いや不安を感じたときに利用されやすい領域だった。
自分の判断は間違っていないか。
これから何を選べばよいのか。
より良い結果を得るには、どう行動すればよいのか。
利用者が自分で考えるための材料を提供できるなら、意味のあるサービスになる。
一方で、不安を強めることによって利用を促す形にもなり得る。
私は、その分野や利用者を否定したいわけではない。何かを選ぶときに、一定の基準や考え方が支えになる人もいるだろう。
ただ、自分が今後も積極的に時間を使いたい分野なのかと考えると、以前ほど迷いなく「続けたい」とは思えなくなっていた。
そこへ今回の出来事が重なった。
やめるのではなく、再開時期を決めずに置いておく
今の時点では、このプロジェクトを完全に捨てるとは決めていない。
これまで作ったプログラムや設計、そこで得た経験まで無価値になったわけではないからだ。
ただし、新しい機能を作ったり、営業をしたり、積極的に改善したりすることは、しばらく止めることにした。
再開するとしても、同じ提供方法のままでは難しい。
処理を利用者側のブラウザへすべて置くのではなく、サーバー側で行う。仕組みそのものを納品するのではなく、自分が管理するサービスとして利用してもらう。契約が終了したあと、そのまま複製して使われにくい構造に変える。
そして何より、利用者の不安を増やすものではなく、自分で選択するための判断材料を提供する道具として再設計できるかを考えたい。
その条件が整わないなら、無理に再開しなくてもよい。
手放すことは、負けではない
長く関わってきたものを止めると、逃げたように感じることがある。
せっかく作ったのだから、もっと収益化しなければならない。真似されたのなら、さらに優れたものを作って見返したい。
そう考えることもできる。
けれど、作るほど消耗し、自分の価値観にも引っかかり、成果が自分の側へ残りにくい仕事を続けることだけが、前向きな選択ではない。
どこへ力を使うかを選び直すことも、仕事の一部だと思う。
今回の出来事は残念だった。
それでも、自分がこれからどのようなサービスを作りたいのか、何を自分の資産として残したいのかを考える材料にはなった。
いったん距離を置く。
そして、再び作りたいと思える構造が見つかったときだけ戻る。
今はそれが、このプロジェクトとの一番誠実な向き合い方なのだと思っている。