20時23分、ホールのバイトから戻った。メモにあるのは、暇だった、という一言だ。
その日は、夜中の1時45分に起きている。本睡眠は、前日の20時45分からで、5時間だった。起きてから自分のサイトのコラムを進めて、そのあとバイトに出た。戻ったときには、未明から続いていた一日の終わりだった。そこに書いてある気持ちは、暇だった、だけだった。
半額の弁当は、売っていなかった

帰りに、コンビニで半額の弁当を買おうと思った。売っていなかった。残念。
書いてあるのは、半額の弁当を買おうと思った、売っていなかった、残念、の三つだ。近い場所に並んでいて、間に理由は入っていない。どの店かは書いていない。代わりに何を買ったかも書いていない。買わずに出たのかどうかも、この文からは分からない。
残念、はこの夜のメモのなかで、ほとんど唯一の気持ちの言葉だった。弁当がなかったことについて、残念、と置いてある。
コンビニの弁当は、今日が初めてではない。期限の切れたものを食べてお腹を壊して、それでも厨房のバイトへ向かった日がある。今日は、そこまで行かなかった。食べる前に、売っていなかった。
あの日のことは、こちらに書いた。
シュークリームは、その夜の代わりとは書いていない

同じメモに、もう一行ある。最近の仕事終わりのご褒美は、シュークリームになっている。
これは、今日買った、とは書いていない。最近は、そうしている、という置き方だ。半額の弁当がなかった夜と、シュークリームがご褒美になっている最近が、隣に並んでいる。弁当の代わりにシュークリームを買って気持ちが埋まった、とまでは自分で書いていない。今読み返しても、そこまでは言えない。
以前、頑張った日のご褒美は、物を買うことではなく、好きな時間を取り戻すことだと書いたことがある。今日のメモは、その話の手前にある。時間の話は出てこない。出てきたのは、売っていなかった弁当と、残念と、最近はシュークリームだ、という事実だけだ。大きい結論の前に、もっと小さい予定が先に外れていた。
あのときの文章は、こちらにある。
今日のご褒美は、あの記事より手前の大きさで書いてある。以前は、何が本当にうれしいのかを、帰宅してから考えていた。今日は、考える前に買うものが先に決まっていた。半額の弁当。それがなかった。最近のもう一つの名前として、シュークリームが横に書いてあった。どちらが上で、どちらが代わりなのかは、メモが分けていない。
弁当のメモは20時23分。次のメモは20時27分だ。あいだは4分しかない。残念、のあとに長い余韻は残していない。4分後には、次にやる作業の名前が並んでいる。
少し休む、が先に置いてあった

20時27分。少し休んでから、作業を開始する、と書いている。家事とか、開発とか、明日の準備とか。モンスターを飲む、ともある。
とか、が三つついている。家事が先なのか、開発が先なのか、明日の準備が先なのかは、この文では決めていない。少し休む、だけが先に置いてある。モンスターは、飲む、とだけある。
そのあと、21時から23時半まで仮眠している。2時間半。仮眠に入る前に、家事や開発がどこまで進んだかは残っていない。残っているのは時刻だけだ。少し休む、のあとで、もう一度長く横になっている。予定より眠気が伸びたのか、最初から眠たかったのかは、書いていない。
仕事のあとに3時間ほど眠って、もう一度自分の作業へ戻れた日がある。あの日は、戻れた、という感覚まで書いていた。今日のメモは、仮眠の時刻の次に、別の作業が終わった時刻を残しているだけで、気持ちの文はない。23時半の次、23時58分に残っているのは、運営しているサイトのコラム予約がそこまで終わった、という完了だけだ。弁当の残念は、そこへは続いていない。戻れたかどうかは、今日の自分は書いていない。
あの日の仮眠のことは、こちらだ。
暇だった、は一日の報告としては小さい。残念、は弁当についてだけ残っている。シュークリームは、その夜に食べて満たされた、という記録ではない。半額の弁当を買う、という小さい予定が外れて、最近のご褒美の名前が横に置いてあった。そのあとに残ったのは、4分後の作業メモと、仮眠の時刻だった。
今も、売っていなかったあとに自分が何を選んだのかは分からない。分からないままにしておく。残念、で止まっていた夜を、そのまま残しておきたい。


