引っ越しの仕事はすごく楽だった。一番疲れていたのは、高速のバイク通勤だった

労働と現実

3時間眠った朝の点検

夜明け前の部屋と、短い睡眠のあとの点検

0時に寝て、3時に起きていた。本睡眠は、その3時間だけだった。

4時を回る前の記録は、短い。目覚めは、割と良い。モンスターを飲んだ。疲労感はない。踵の痛みもない。筋肉痛は、少しだけある。

この時点では、その日の引っ越しが楽かどうかは、まだ書いていない。書いてあるのは、短い睡眠のあとの身体の点検だけだった。

夜に残ったのは、現場の楽さだった

仕事から戻った夜、椅子に置いたヘルメット

夜の10時すぎ、もう一度、モンスターを飲んでいる。その直後の一文が、この日の本体だった。

今日の引っ越しの仕事は、すごく楽だった。疲労感は弱め。筋肉痛はない。バイクで高速を使っての通勤が、一番疲れたかもしれない。そう書いて、自分で笑っている。

笑っているので、倒れ込んだ夜ではなかった。それでも、疲れの中心が現場の外にあったことには、自分でも少し驚いている感じが残る。荷物を運んだ時間より、高速道路の上のほうが疲れていた。

前日は、バイクのほうが楽だと思っていた

バイクと電車のどちらにするか、決まらない夜の机

前日の夜は、その通勤の手段で止まっていた。バイクで行くか、電車で行くか。バイクのほうが楽、とは最初から書いていた。そのうえで、楽だけでは選べなかった。時間が読みにくい。交通費の戻り方も、電車と同じにはならない。高速を使えば、ある程度は時間が読みやすくなる。そこまでは書いていた。候補として上がっただけで、もう乗ると決めた夜ではなかった。

前日の夜に、手段が一つへならなかった記録は、こちらに残している。

今日の夜のメモには、電車と比べ直した過程は書いていない。書いてあるのは、乗ったあとの体感だった。高速を使うバイクで通勤している。そして、その移動が、一日のなかで一番疲れたかもしれない、とある。

前日の「バイクのほうが楽」と、今日の「通勤が一番疲れたかも」は、連続した二つの夜なのに、見ている場所が違っていた。前日は、現場へ着くまでの損得を見ていた。今日は、一日を終えた身体を見ていた。楽だと思っていた側に、疲れの一番が乗っていた。一日だけの話なので、これでバイクをやめる、とまではなっていない。

現場がなぜ楽だったのかは、メモに無い。件数が少なかったのか、階段が少なかったのか、拘束が短かったのか。夜の時点では、理由を切っていない。残したのは「すごく楽だった」という体感だけだった。楽だった、の中身を、あとから物語で埋めたくはない。

朝にあった少しの筋肉痛は、夜にはなかった。疲労感は、朝は無しで、夜は弱め、と書いてある。短い睡眠のわりには、身体は大きく崩れていない。ただし、これは10月8日の夜の自己申告で、翌日の朝に同じかどうかは、まだ見ていない。踵の痛みが無い、という朝の一行も、夜には繰り返していない。痛くならなかったのか、夜はそこを見ていないのか。メモだけでは、両方読める。

痛む日のパターンには、今日は乗らなかった

痛みが残らなかった朝の、静かな玄関

引っ越しの仕事で、痛みや疲労が翌日まで残った日は、これまでにもあった。腰や足に残って、次の日の使い方まで変わる、という感覚で見ていた時期がある。

そのときの見直しは、こちらに書いている。

今日の夜は、そのパターンには乗らなかった。仕事そのものは楽で、筋肉痛は消えていて、疲労は弱め、としか書いていない。引っ越しはいつも身体を削る、と今日の結果から言い直すこともできない。削られた日がある。今日は、削られ方が弱かった。何が違ったのかを、この夜はまだ言葉にしていない。

高速の疲れは、まだ中身を分けていない

まだ理由を分けきれていない、高速を走るバイク

一方で、バイクの疲れには、前から別の感触があった。修理でバイクに乗れなかった時期、電車の移動は思ったより悪くなかった。座って、少し自分の側へ戻れる時間があった。バイクは速い。その代わり、車も信号も道路も、着くまで見ていなければならない。移動が終わると、考える余白が残りにくい、と感じていた。

その通勤の違いについては、以前の記事に残している。

今日の「一番疲れたかも」が、その余白の無さと同じものなのかは、まだ分からない。高速は、下道より信号で切れにくい。切れないぶん、注意を外へ向けた時間が続く。それが筋肉の疲れなのか、神経の疲れなのか、ただ座っていた時間が長かっただけなのか。笑った一文は、そこまで分けていない。

分かっているのは、順位の感触だけだった。現場の仕事より、高速のバイクのほうが疲れたかもしれない、という順位。前日までは、バイクを楽な側に置いていた。今日は、その側を実際に使って、疲れの一番がそこにあった。

次に電車にする、とは書いていない。高速をやめる、とも書いていない。ガソリンや交通費の話も、この夜は出てきていない。前日の夜に比べていたお金の話は、身体の話のうしろへ下がったまま、今日は触られていない。

まだ、一日の記録としては穴がある。この疲れは、明日の朝に残るのか。現場が楽だったのは、たまたま今日の現場が軽かっただけなのか。同じ高速でも、行きと帰りで疲れ方は違うのか。朝と夜に飲んだモンスターが、疲労感の弱さにどれだけ効いているのか。それも、今日は測っていない。メモは、一番疲れたかも、で止まっている。

3時間しか眠っていない朝に、身体の点検は悪くなかった。踵は、その時点では痛まなかった。仕事は楽だった。夜の疲労は弱かった。その横で、一日の疲れの中心が、運んだ荷物の側にはなくて、高速道路の上にあった。今は、その並びを、結論にしないまま置いておきたい。

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「しゃとん’s EYE」を書いています。Web制作の仕事をしながら、生活の途中で感じたことと、ELDEN RING NIGHTREIGNのソロ攻略を記録しています。海と、深夜に考えごとをする時間が好きです。

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