朝方、ナイトレインを振り返っていたら、攻略が一段進んだ感じがしなかった。残っていたのは、楽しさの薄さだった。
『ELDEN RING NIGHTREIGN』は、遠征のたびにマップの配置が変わる。自分は追跡者で、初期大剣を強化しながらソロで続けている。坑道で鍛石を取り、商人でレア化して、レベルを上げてから先へ進む。その順番は、何度も組み直してきた。
それなのに、いまの感覚は「手順を覚えている自分」より先に、「配置を引いている自分」がいる。
良い配置を引かないと、育つ前に死ぬ

良い引きの配置を引くゲームになっている。
引きが悪いと、ファームが崩れる。崩れると、先に進めない。私のスキルも関係している。そこは、悪い配置のせいだけにはしたくない。それでも、引きが悪い回はファームができなくて、すぐ死ぬ。死んだあとに残るのは、上手くなった手応えではなく、もう一度最初から、という疲れだ。
ファームが崩れる、というのは、ボス戦で学べる前に終わるということでもある。育つ前に死ぬ。武器を強化する前に、レベルを上げる前に、遠征が閉じる。以前書いた悪い配置の回は、少なくとも1日目のボスまで届いていた。届いたから、低いままで何が足りないかを見られた。今朝感じているのは、その手前だ。ファームできなくて、すぐ死ぬ。練習の素材になる前に、回そのものが消える。
そこで迷う。下手だったのか。配置が悪かったのか。両方だと頭では分かっていても、身体は分けて受け取れない。すぐ死ぬと、判断を見直す前に遠征が終わる。何が足りなかったのかを見る材料が、その回の中に残らない。
悪い配置は練習になる、では今朝は届かなかった

以前は、悪い配置にも役割があると思っていた。初期大剣を手放さなければ、良い配置の回は効率を磨ける。悪い配置の回は、低いままで立て直す練習になる。勝ったかどうかだけで、その出撃を捨てなくていい。そう考えて、武器を変えない方針で続けていた。
悪い配置でも初期大剣を変えない理由は、以前の記事に残している。
今日の気持ちは、そこまで整っていない。練習になっている、と書く前に、楽しくなくなってきた、が先に来た。方針が間違っていたと決めたわけではない。ただ、その説明が、今朝の自分には届かなかった。
うまくいった回まで、良い引きに見えてくる

引きが良い回を引いたときだけ先へ進めるなら、進んだように見えても、次の自分へ渡せるものが少ない。同じ配置は、次も来るとは限らない。うまくいった手順を再現したくても、再現する土俵が毎回入れ替わる。すると、勝った回まで「自分の進歩」ではなく「良い引きだった」に見えてくる。
上達が見えにくい違和感は、前からあった。条件が毎回変わるゲームでは、昨日より上手くなったのかが、結果だけでは分からない。そのことは、一度文章にしている。
あのときは、合わないと感じつつも、戦闘そのものは好きだった。一度勝つことより、同じことを繰り返せることのほうを上達として見よう、という考えも、その後に出てきた。
まだ、やめるとは決めていない

今朝は、その見方の手前で止まっている。見えにくい、では終わらず、楽しくない、まで落ちている。少し、泣きそうになった。
やめる、とはまだ決めていない。初期大剣で条件を揃える、という軸も捨てていない。ファームが崩れるのが、ルートの理解不足なのか、配置の運なのか、死に急いだ自分の判断なのか。三つが同時に本当だと、どれを直せば次が変わるのかが残らない。
ローグライクだから配置が変わる、ということは、遊び始める前から知っていた。知ったうえで、初期大剣に固定して、変わる条件のほうを自分の技術で受けようとしてきた。良い回を引くまで楽しめないなら、繰り返す意味が自分の中で薄くなる。薄くなった状態で「上達の見方を変える」と書いても、書いただけになりそうで、今朝は書けなかった。
スキルの問題だと認めるのは、それほど嫌ではない。嫌なのは、手を直しても、次の配置が悪ければ同じ場所で死ぬかもしれない、という予感のほうだ。直したかどうかを確認する前に、配置が実験を邪魔する。実験が邪魔されると、努力が蓄積している感じがしない。蓄積している感じがしないと、次に起動する理由が、好きから少し離れていく。
この時点では、次の打ち手は決めていない。良い配置を待つゲームとして続けるのは、今日の自分にはきつかった。それだけは、はっきりしている。
NIGHTREIGNのソロ攻略、追跡者・初期大剣での試行錯誤は、こちらにまとめている。


