「楽しいことが分からない」と思っていた自分が、最後に行き着いたのは“研究者みたいな遊び方”だった

働き方・仕事

最近、「自分にとって楽しいことって何なんだろう」と考えていた。

好きなことや得意なことは、まだ何となく輪郭がある。

でも、「楽しいこと」は意外と難しい。

なぜなら、大人になると、“楽しさ”より“役に立つかどうか”を優先してしまうからだ。

収益になるか。

意味があるか。

続ける価値があるか。

気づけば、そういう基準ばかりで物事を見るようになっていた。

だから今回、改めて、

「自分は何をしている時に、自然とワクワクするのか」

を掘り下げてみた。

すると、思っていた以上に、自分の中には“研究者っぽい楽しみ方”があることに気づいた。

何度聞かれても、結局サーフィンが出てくる

質問の中で何度も出てきたのが、サーフィンだった。

「何でもできるなら何をするか」

「AIに任せたくないことは何か」

「お金の制約がなくなったら何をしたいか」

そう聞かれるたびに、結局サーフィンが出てくる。

やっぱり、自分にとってかなり大きな存在なのだと思う。

特に、

波に乗れた瞬間

の感覚。

あれは、説明が難しい。

スポーツというより、自然現象の中へ身体ごと入っていく感覚に近い。

しかも、完全にはコントロールできない。

だから面白い。

波って、毎回違う。

海も違う。

風も違う。

自分のコンディションも違う。

つまり、同じ状況が二度と来ない。

だからこそ、飽きないのだと思う。

「遊び」より「研究」に近い楽しみ方

今回、面白かったのは、

自分の“楽しい”が、単純な娯楽ではなかったことだ。

例えば、

  • 波と水深の関係を調べたい
  • 最適な波が立つ条件を知りたい
  • データを蓄積したい
  • グラフ化したい
  • 法則を見つけたい

みたいな方向へ、自然に思考が向かっていた。

これはもう、かなり研究者寄りだと思う。

しかも、自分の中には、

「境界線を探りたい」

欲求が強いらしい。

例えば、

「どこからがカレーなのか」

みたいな話。

普通はあまり気にしない。

でも、自分はそういう“曖昧な境界”を観察したくなる。

波の条件もそう。

自然現象って、完全に白黒ではない。

だからこそ、法則を探したくなる。

「マッドサイエンティスト」に惹かれる理由

質問の中で、

「どんな役柄になりたいか」

と聞かれた時、自分は、

研究者、マッドサイエンティスト

と答えていた。

最初は少し極端な答えだと思った。

でも今振り返ると、結構本質だった気がする。

別に世界征服したいわけではない。

危険な実験をしたいわけでもない。

ただ、

“人があまり見ていないものを観察して、法則を見つけたい”

感覚がある。

しかもそれを、

誰かと協力してやりたいわけではない。

一人で黙々とやりたい。

ここが結構重要だった。

「自然の中で暮らしたい」は、逃避だけじゃない

今回の質問の中で、

「どんな暮らしをしたいか」

と聞かれた時、

お金のことを考えず、自然と共に暮らしたい

と答えていた。

昔は、これは単なる現実逃避だと思っていた。

でも今は少し違う気がしている。

多分、自分は、

“観測しやすい環境”

を求めている。

都市って、情報が多すぎる。

人間のノイズも多い。

SNSもある。

広告もある。

常に何かに引っ張られる。

でも海へ行くと、少し違う。

風。

波。

潮の流れ。

空気。

日の出。

そういうものへ意識が向く。

すると、自分の感覚も静かになる。

多分、自分は、

「世界を観察しやすい場所」

として自然を好んでいる部分がある。

面白かったのは、「お金を稼ぐこと」すらゲーム化していたこと

今回、自分でも少し笑ったのが、

「魔法が10分使えたら何をするか」

という質問への答えだった。

自分は、

お金を稼ぐ

と答えていた。

夢がないようにも見える。

でも、さらに掘り下げると、

「どれだけ楽に、誠実に稼げるかゲーム」

みたいな感覚があるらしい。

つまり、自分の中では、

“現実そのもの”

も、少し研究対象になっている。

どういう構造なら、無理なく回るのか。

どういう仕組みなら効率が良いのか。

どうすれば自由度が上がるのか。

そういうことを考えている時、少しワクワクしている自分がいる。

「楽しいこと」は、意外と静かなものだった

今回、自分の中で一番意外だったのは、

“楽しいこと”

が、もっと派手なものだと思っていたことだ。

例えば、

大成功するとか。

大勢と盛り上がるとか。

刺激的なイベントとか。

そういうものを想像していた。

でも実際に見えてきたのは、

  • 波を観察する
  • データを蓄積する
  • 法則を見つける
  • 日の出を見る
  • 一人で実験する
  • 静かに記録する

みたいな、

かなり静かな楽しみだった。

でも、多分それでいいのだと思う。

人によって、「楽しい」の形は違う。

自分の場合は、

“世界を観察しながら、少しずつ理解していくこと”

そのものに楽しさがある。

「楽しさ」は、“役に立つか”より先にある

大人になると、

「意味があるか」

を考えすぎてしまう。

でも今回、自分のことを整理していて思った。

本当に楽しいことって、

役に立つ前に、なぜかやってしまうもの

なのかもしれない。

波を調べる。

データを見る。

法則を探す。

観察する。

記録する。

それを誰に褒められるわけでもない。

でも、気づくとやっている。

だから多分、自分にとっての“楽しい”は、

「研究者みたいに世界を観察して遊ぶこと」

なのだと思う。

そして、それを静かに続けられる人生は、案外悪くない気がしている。

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