「“得意なこと”が分からなかった自分」が、最後に見つけたのは“知識を蓄える快感”だった

働き方・仕事

「自分の得意なこと」が分からなかった

最近、「自分の得意なことって何なんだろう」と考えていた。

長く生きていると、「できること」は増えていく。

仕事の経験も増えるし、知識も身につく。
人から「すごいですね」と言われることもある。

でも、それが「得意なこと」なのかと言われると、よく分からなかった。

頑張って覚えたことと、自然にできてしまうことは、少し違う気がしていたからだ。

だから今回は、「後から身につけたスキル」ではなく、

苦じゃなく、自然とやってしまうこと

を探してみることにした。

すると、思っていた以上に、自分の行動には偏りがあった。

子どもの頃から、ずっと“集めていた”

振り返ると、子どもの頃から好きだったのは、

  • プラモデル
  • ラジコン
  • 電子工作
  • 雑木林探検

みたいなものだった。

どれも共通しているのは、「集める」「観察する」「構造を理解する」要素があることだと思う。

完成品を見せびらかしたいというより、

「どういう仕組みで動いているのか」

を知ることのほうが面白かった。

大人になってからも、その傾向はあまり変わっていない。

気づくと、メモを取っている。

思いついたことを書き残している。

調べた知識を整理している。

誰かに頼まれたわけでもないのに、勝手に情報を蓄積している。

昔は、「なんでこんなに記録ばかりしているんだろう」と思っていた。

でも今回、自分の行動を整理していて、少し分かってきた。

自分はたぶん、

“知識を集積して、後から取り出せる状態にすること”

そのものに快感を感じている。

「覚えること」より「取り出せること」が好きだった

面白かったのは、自分の快感ポイントが、

「知識を得た瞬間」

だけではなかったことだ。

むしろ強かったのは、

必要な時に、ちゃんと取り出せた瞬間

だった。

例えば、

「前に調べたあの情報、どこだっけ」

となった時に、昔のメモがすぐ見つかる。

以前試した実験データが、検索で簡単に出てくる。

過去の自分が残していた断片が、現在の自分を助けてくれる。

その瞬間、妙に気持ちいい。

「あの時の自分、ちゃんと残してたんだな」と思う。

逆に言えば、自分は、

“知識を持っていること”

より、

“未来の自分が使える形で残っていること”

に価値を感じていたらしい。

「第二の脳」が欲しかった

今回いろいろ考えていて、しっくり来た言葉がある。

それは、

「第二の脳」

という感覚だった。

頭の中だけに置いておくと、人間は忘れる。

感情も、その時の発見も、疲労の感覚も、判断の理由も、少しずつ消えていく。

でも、外に残しておけば、あとから再アクセスできる。

しかも、自分の場合は、

「綺麗にまとめられた知識」

より、

“その時どう感じていたか”

まで残っているほうが好きだった。

例えば、

  • どういう失敗をしたか
  • なぜその判断をしたか
  • どんな疲労状態だったか
  • 何に違和感を持ったか

みたいな、“途中の情報”のほうが、後から役立つことが多い。

だから最近は、ChatGPTとの会話ログやメモも、かなり残すようになった。

外から見ると、ただの記録魔に見えるかもしれない。

でも自分の中では、

「未来の自分を助けるための外部記憶装置」

を作っている感覚に近い。

人類は苦手。でも「知識が役立つ」のは少し嬉しい

正直に言うと、自分は昔から、人付き合いがあまり得意ではない。

人間そのものに疲れてしまう感覚もある。

だから、「誰かの役に立ちたい」が人生の中心にあるタイプでは、多分ない。

でも今回、自分のことを整理していて、少し意外だったこともある。

それは、

自分が残した知識を、誰かが勝手に使って役立てている状態

に対しては、そこまで嫌悪感がないことだった。

むしろ少しだけ、「それなら悪くない」と思っている自分がいた。

多分、自分は、

“人間関係そのもの”

より、

“知識や記録を通した間接的な接続”

のほうが楽なのだと思う。

直接深く関わるのは疲れる。

でも、自分が積み上げたものが、未来の誰かに届くのは、そこまで悪い気分ではない。

自分の「得意」は、派手な才能じゃなかった

昔は、「得意なこと」と聞くと、

  • カリスマ性
  • 営業力
  • コミュニケーション能力
  • 圧倒的な才能

みたいなものを想像していた。

だから、自分には何もない気がしていた。

でも今回整理していて思った。

得意って、

「自然に繰り返してしまうこと」

なのかもしれない。

自分の場合、それは、

  • 記録すること
  • 集めること
  • 分類すること
  • 検索できる状態にすること
  • 成長を可視化すること

だった。

しかも、それを延々と続けられる。

サーフィンの練習みたいに、終わりがなくても続けられる。

多分これは、自分にとっての“遊び”に近い。

得意なことは、「無理なく繰り返していること」の中にある

昔は、「得意なこと」はもっと分かりやすいものだと思っていた。

誰かより優れていること。
評価されること。
仕事になること。

でも最近は、少し考え方が変わってきた。

本当に自分に合っているものって、

気づいたら繰り返していること

なのかもしれない。

誰に言われたわけでもないのに、メモを取る。
整理する。
分類する。
後から探しやすいように残しておく。

それを「努力」とも思っていなかった。

むしろ、やらないと落ち着かない感覚に近い。

だから今回、「自分には何が得意なんだろう」と考えた時間は、意外と大きかった。

特別な才能を探していたつもりだったのに、最後に見えてきたのは、

「昔からずっと自然にやっていたこと」

だったからだ。

もし今、自分の得意なことが分からなくて悩んでいる人がいるなら、

「人より優れていること」ではなく、

“苦じゃないのに、なぜか続いていること”

を見直してみると、意外なものが見えてくるのかもしれない。

自分もまだ途中だけれど、少なくとも今回、自分の中にずっとあった“偏り”には少し気づけた気がしている。

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