ダークソウル2をトロコンして分かった、ゲームを「遊び切る」ことと「作業にする」ことの違い

ゲームと思考

先日、『DARK SOULS II』のSteam実績をすべて解除した。

全38実績。いわゆるトロコンである。

最後の実績が解除された瞬間、強い達成感があった。ただ、それ以上に大きかったのは、「これでようやく封印できる」という解放感だった。

好きなゲームを最後まで遊び切ったのだから、もっと寂しくなるかと思っていた。ところが実際には、肩の荷が下りたような気持ちの方が強かった。

なぜそう感じたのか。

その理由を考えていくと、ゲームを楽しむことと、ゲームを完了させることの間には、思っていた以上に大きな違いがあることに気づいた。

好きな武器と、強い武器は同じではない

私は大剣や直剣のような、横に大きく振る武器が好きだ。

敵の集団をまとめて斬れるし、剣を振っている感触もある。効率だけではなく、操作していて気持ちいいと思える。

しかし、『ダークソウル2』の高周回では、好きな武器を使うより、刺剣や打撃武器を使った方が楽だった。

刺剣は軽く、攻撃後の隙が少なく、カウンター攻撃も強い。打撃武器は鎧を着た敵に有効で、ボス戦でも安定する。

攻略を進めるうちに、私は好きな武器で戦うのではなく、その場で最も効率のよい道具を選ぶようになっていた。

もちろん、それもゲームの面白さの一つではある。

敵の弱点を考え、装備を組み替え、最適な攻略法を探す。それ自体は楽しい。

ただ、トロコンが近づくにつれて、ボス戦は「好きな戦い方を試す場所」ではなく、「最短で処理する作業」に変わっていった。

難しいことより、同じことの繰り返しがつらい

最後まで残ったのは、高難度のボスだけではなかった。

すでに何度も通った道を、もう一度進まなければならない。過去に倒した敵を、同じ方法で倒していく。落下しやすい足場を慎重に渡り、長い道中を抜け、ようやくボスへ到着する。

敵が強くて勝てないことより、同じ場所へ何度も戻されることの方がつらかった。

特に、敵の攻撃ではなく足場から落ちて死んだときは、ゲームに挑戦しているというより、進行を妨害されているように感じた。

それでも続けたのは、残りの実績が見えていたからだ。

Steamの実績は、私にとって単なる飾りではない。

次に何をすればよいかを示す目標であり、どこまで遊んだかを残す記録でもある。そして、ゲームを終えてよいと自分に許可を出すための条件にもなっている。

最後の実績が解除された瞬間、「勝った」というより、「終わらせることができた」と感じたのは、そのためだと思う。

トロコンは、楽しさを増やすことも減らすこともある

実績があることで、普段なら触らなかった武器やルートを試すことがある。

一度クリアしただけでは見なかったイベントを発見し、そのゲームをより深く知ることもできる。

一方で、実績を埋めることだけが目的になると、遊びは簡単に作業へ変わる。

私はシミュレーションゲームを200時間ほど遊んだことがある。最初の何周かは普通に楽しかった。しかし、効率のよい勝ち方が分かると、プレイは次第に同じ形へ収束していった。

それでも長く続けたのは、実績が大量に残っていたからだ。

面白いから遊んでいるのか、未解除の数字を減らしたいから遊んでいるのか。自分でも分からなくなることがある。

だから、実績100%を目指すこと自体が悪いのではない。

大切なのは、今の自分が何を楽しんでいるのかを、ときどき確認することなのだと思う。

次に遊ぶゲームを決められない理由

一つのゲームを終えると、今度は大量の積みゲーが目に入る。

高難度アクション、物語中心のアドベンチャー、シューティング、RPG。少し遊んで中断した作品もあれば、購入したまま起動していない作品もある。

次は何を遊ぶか。

以前なら、評判のよいゲームや、トロコンしやすそうなゲームを選んでいたかもしれない。

けれど今回は、少し違う基準で考えるようになった。

今の自分は、もう一度装備を最適化したいのか。物語に集中したいのか。短時間で何度も挑戦したいのか。それとも、過去に途中で止めたゲームを終わらせたいのか。

ゲームを選ぶことは、今の自分にどんな時間が必要なのかを選ぶことでもある。

疲れているときに、集中力が必要なアクションを始めても続かない。反対に、刺激が欲しいときに、文章を読むだけの作品を始めても眠くなってしまう。

積みゲーの本数より、自分の状態に合った一本を選ぶ方が大切なのだと思う。

遊びを仕事にしないために

ゲームは、人生に必要不可欠なものではない。

それでも、日々の生活の中で自分を取り戻すために、ゲームが必要になることはある。

達成感を得たい日もある。何も考えずに遊びたい日もある。物語の中へ逃げ込みたい日もある。

だからこそ、「買ったからやらなければならない」「途中だから終わらせなければならない」と考えすぎると、遊びまで義務になってしまう。

『ダークソウル2』をトロコンしたことで、私は一つのゲームを完全に閉じることができた。

同時に、次のゲームまで急いで完了させる必要はないとも感じている。

トロコンは、ゲームを愛した証拠にもなる。

しかし、その数字のために楽しさを失い始めたら、一度立ち止まってもいい。

ゲームは本来、自分の時間を取り戻すためのものだ。

遊び切ることと、無理に終わらせること。その違いを忘れないようにしながら、次の一本を選びたいと思う。

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