信号待ちでバイクがエンストした日|修理費をすぐ出せないときの不安との向き合い方

バイクと暮らし

通勤途中、乗っていたバイクのエンジンが突然止まった。

最初はガス欠だと思った。燃料コックを予備側へ切り替え、何度かセルを回してみたが、エンジンはかからない。道路上に置いておくわけにもいかず、近くのコンビニまで重い車体を押して移動した。

しばらくしてから再び試すと、何事もなかったようにエンジンは動き出した。ガソリンも十分に残っていた。

動いてくれたことには安心した。しかし、それで問題が解決したわけではない。

むしろ「次はどこで止まるのだろう」という不安だけが残った。

以前から出ていた小さな不調

考えてみれば、このバイクには購入したときから気になる症状があった。

エンジンが冷えている間はアイドリングが安定せず、信号待ちでアクセルを完全に戻すと止まりやすい。クラッチを握ったまま少し長く停止するときは、エンジンが止まらないように軽くアクセルを開けていた。

長く乗っているうちに、それが自分の中で「このバイクはそういうもの」になっていた。

古いバイクだから仕方がない。少し暖まれば走れる。アクセルを軽く開けていれば止まらない。

そうやって工夫しながら乗ってきた。

けれど今回エンストしたのは、すでにエンジンが暖まってからだった。しかも、すぐには再始動できなかった。

これまでと同じ症状の延長なのか、それとも別の不調が重なったのかは分からない。キャブレターやアイドリング調整、燃料を送る部品、点火系など、原因はいくつも考えられるらしい。

素人が頭の中で原因を探しても、結局は分からない。

分からないからこそ、不安が膨らんでいく。

本当に怖いのは故障だけではなかった

バイクが止まったとき、まず心配したのは安全だった。

交通量の多い道路や交差点で止まれば危険だ。遠くへ出かけた先で再始動できなくなれば、帰ることもできない。バイクは趣味の道具であると同時に、日常の移動にも欠かせない存在だ。

しかし、もう一つ大きかったのが修理費への不安だった。

生活費以外の支払いが重なっている時期に、不意の修理代が発生するのは苦しい。数千円で済むのか、数万円かかるのかも分からない。原因が一つではなく、調べているうちに別の不具合が見つかる可能性もある。

「店へ持っていったら、高額な修理を勧められるのではないか」

そんな想像をすると、点検へ出すこと自体を先延ばしにしたくなる。

けれど、修理費が怖いからといって乗り続ければ、不安は消えない。エンストするたびに「今回は再始動するだろうか」と祈ることになる。

すぐに全てを直すお金はない。

だからといって、何もしないのも怖い。

その間で気持ちが動けなくなっていた。

修理するか放置するかの二択ではない

少し落ち着いて考えると、最初から大がかりな修理を頼む必要はないのだと思った。

まずは症状を記録する。

エンジンが冷えていたのか、暖まっていたのか。どれくらい走った後に止まったのか。セルは回ったのか。何分待つと再始動できたのか。雨や気温に変化はあったのか。

こうした情報があれば、整備する人にも状況を伝えやすい。

次に、バイク店へ電話をして、初期診断やアイドリング調整にいくらかかるのかを聞いてみる。

「作業を進める前に、見積もりを連絡してほしい」

と伝えておけば、知らないうちに修理費が膨らむ不安も減らせる。

診断を受けたからといって、その場で全て修理しなければならないわけではない。原因と危険度、必要な金額が分かれば、「今月直す部分」と「後でもよい部分」を分けて考えられる。

お金に余裕がないと、問題を丸ごと解決できないことに焦りやすい。

けれど実際には、原因を知ること、費用を確認すること、危険な状態か判断してもらうことも、立派な前進なのだと思う。

古いものと付き合うということ

古いバイクには、新しい乗り物にはない魅力がある。

音や振動、金属の質感、少し手をかけなければならない不便さも含めて愛着が生まれる。

ただ、その不便さを何でも「味」として受け入れてしまうと、本当の故障の兆候まで見過ごしてしまう。

購入時から続いている症状だから正常とは限らない。慣れてしまっただけで、以前から整備が必要な状態だった可能性もある。

長く付き合いたいからこそ、無理に走らせ続けるのではなく、一度きちんと状態を知る必要がある。

今すぐ十分な修理費を用意できない自分を責める必要はない。

それでも、症状を記録し、費用を聞き、できる範囲から対応することはできる。

あの日、エンジンが再び動き出したとき、私は「まだ走れる」と安心した。

けれど本当に大切なのは、今日走れたことではなく、これからも安心して走れる状態に近づけていくことなのだと思う。

古いバイクと暮らすということは、壊れるまで我慢することではない。

不調も、家計も、自分の不安も含めて、現実的な距離で向き合っていくことなのだ。

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