営業電話は、「数分奪われる」だけでは終わらない
1人で仕事をしていると、営業電話が本当に多い。
SEO対策。
ホームページ制作。
複合機。
回線。
電気料金。
補助金。
次から次へとかかってくる。
しかも、大体こちらが集中しているタイミングで鳴る。
文章を書いている時。
AIと考え事を整理している時。
サイト構造を考えている時。
ようやく思考が深く潜ってきた瞬間に、突然電話が鳴る。
その瞬間、一気に現実へ引き戻される。
最近、自分はこの感覚がかなりしんどい。
以前は、「数分話すくらい大したことない」と思っていた。
でも今は違う。
営業電話って、単に時間を奪われるだけでは終わらない。
“集中状態そのもの”
を壊される感じがある。
しかも、一度崩れた集中を戻すには、かなり時間がかかる。
「電話営業で買って良かったもの」が、一つもない
これまで何度も、営業電話経由で商品やサービスを契約したことがある。
でも正直に振り返ると、
「買って本当に良かった」
と思えたことが一度もない。
むしろ、
- 流されて契約した
- 必要以上のものを買った
- 後から冷静になって後悔した
- 結局損した気分になった
というケースのほうが圧倒的に多かった。
最近は、その傾向がかなりはっきり見えてきた。
だから今は、
“電話営業しないと売れない商品”
という時点で、かなり警戒するようになった。
もちろん、世の中には電話営業を使っているまともな会社もあるのかもしれない。
でも少なくとも、自分との相性はかなり悪い。
自分は、本来かなり比較検討したいタイプだ。
一度持ち帰りたい。
検索したい。
口コミを見たい。
冷静な状態で考えたい。
でも電話営業は、その逆をやってくる。
今この場で判断させようとする。
「今だけ」
「皆さん導入されています」
「まずは資料だけでも」
そうやって、考える前に流れへ乗せようとしてくる。
でも最近、自分の中ではかなりはっきりしてきた。
比較検討せず、その場で購入するメリットは、ほぼゼロだった。
一番厄介なのは、「自分の状態」で流されること
ただ、最近気づいたことがある。
それは、自分は常に営業電話に弱いわけではないということだ。
今日みたいに、ある程度気力が残っている時は、比較的すぐ断れる。
「必要ないです」
そう言って切れる。
でも問題は、自分の状態が悪い時だ。
疲れている時。
寝起き。
神経が削れている時。
気力が落ち込んでいる時。
そういう時は、不思議と断る力が弱くなる。
本当は必要ないと思っているのに、
「まあ話だけでも」
となってしまう。
ここがかなり厄介だ。
最近、自分の中では、
“営業電話は、商品を売り込んでくる”
というより、
“判断力が弱っている瞬間へ入り込んでくる”
感覚に近くなっている。
だから疲れている日は、特に危ない。
冷静に考えれば不要なものでも、その場では判断力が鈍っている。
しかも相手は慣れている。
会話を止めない。
考える隙を与えない。
だから最近は、
「商品が良いか悪いか」
以前に、
“その場で判断させられる状況”
そのものを警戒するようになった。
「早く切る」は、冷たいことではなかった
昔の自分は、営業電話を早く切ることにかなり罪悪感があった。
相手も仕事なんだろうなと思う。
感じ悪くしたくない。
ちゃんと対応したほうがいいのでは。
そうやって、無駄にエネルギーを使っていた。
でも最近は、その考え方が少し変わってきた。
営業電話で一番消耗するのは、会話そのものではない。
その後に残る、
- イライラ
- 神経のざらつき
- 集中の崩れ
- 判断疲労
のほうだ。
だから最近は、
“どれだけ丁寧に対応するか”
より、
“どれだけ自分の神経を削られずに済むか”
を優先するようになった。
今日も、プリンター複合機の営業電話がかかってきた。
でも今日は、比較的気力が残っていた。
だから、
「必要ないです」
と伝えて、かなり早めに切ることができた。
以前だったら、「少し話を聞かなきゃ」と思っていたかもしれない。
でも今日は違った。
そして電話を切った後、ダメージがかなり少なかった。
ここ最近、自分は少しずつ、
“全部に丁寧に対応しない”
方向へ変わってきている気がする。
限られた判断力を、どこへ使うか
最近、自分はAIを使いながら文章を書いたり、考え事を整理したりする時間がかなり増えている。
そういう仕事って、思っている以上に集中力を使う。
しかも、一度崩れると戻るまで時間がかかる。
だから最近は、
「何にエネルギーを使うか」
をかなり意識するようになった。
以前は、全部に反応していた。
全部に気を遣っていた。
でも今は違う。
集中力も。
判断力も。
神経の静けさも。
全部有限だ。
だから最近は、
“守るべきもの”
が少し変わってきた。
営業電話そのものは、多分これからもなくならないと思う。
でも最近は、
「どう断るか」
より、
“自分の判断力を、不要な場所で消耗しない”
ことのほうが大事な気がしている。
そして今日みたいに、
「今は必要ないです」
と短く切れた日は、
少しだけ、自分の神経を守れた感じがする。