雨の朝、久しぶりに海へ向かって歩いていた
今日は朝4時半に起きた。
昨日は引っ越しのアルバイトだったので、正直もっと身体が重いと思っていた。
最近は、肉体疲労だけではなく、神経の疲労も後から来ることが多い。
だから、翌朝に自然に起きられるかどうかって、自分の中では結構大きい。
そんな中で今日は、不思議と早く目が覚めた。
しかも、「起きなきゃ」という感じではなく、自然に身体が動いた。
今日は休日だった。
そして14時から病院がある。
12時には家を出なければいけないので、海へ行くなら朝しかない。
そんなことを考えながら、まだ暗さの残る時間に海へ向かって歩き始めた。
外は少し肌寒かった。
風もある。
雨も降っている。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、「ああ、久しぶりにちゃんと海へ向かってるな」という感覚があった。
「サーフィンする」より、「海へ向かえる」が大事な日がある
昔の自分だったら、海へ行く時はもっと結果を気にしていたと思う。
波はあるのか。
入れるのか。
何本乗れるのか。
せっかく行くなら良いコンディションじゃないともったいない。
そういう考え方がかなり強かった。
でも最近は、少し感覚が変わってきた。
特にここ数ヶ月は、仕事や生活の疲労が重なり、「海へ行きたいのに行けない」感覚が続くことが増えていた。
身体が重い日。
神経が疲れている日。
仕事の夢を見て、起きても疲れが抜けていない朝。
海へ入る以前に、「海へ向かう気力」が出ないこともあった。
だから最近は、
「サーフィンしたかどうか」
より、
「海へ向かえる状態だったか」
のほうが、自分の中では重要になってきている。
今日は、まだ波がどうなのかも分からない。
入るかどうかも分からない。
でも少なくとも、自分は今、海へ向かって歩いている。
その感覚が少し嬉しかった。
雨の海には、「世界から少し離れられる感じ」がある
海へ向かう途中、ほとんど人はいなかった。
雨の日の早朝って、街全体の音が少し静かになる。
車の音も減る。
人の気配も薄い。
空気が少し閉じていて、世界との距離が広がる感じがする。
自分は昔から、人の多い場所や情報量の多い空間が少し苦手だった。
特に最近は、
- 接客
- 人間関係
- マルチタスク
- 絶え間ない判断
- 常に気を張る仕事
みたいなものが続いていたので、頭の中がずっと騒がしかった。
だから、雨の海へ向かう時間って、自分にとっては単なる移動ではない。
少しずつ「ノイズが減っていく時間」に近い。
海って、問題を解決してくれるわけではない。
お金の不安も消えない。
仕事も残っている。
将来もまだ不安定だ。
でも、不思議と海へ向かっている時だけは、頭の中の優先順位が少し変わる。
「今、自分はちゃんと呼吸できているか」
みたいな感覚へ戻っていく。
「生活が崩れていない」ことの大切さ
最近、自分の中で少しずつ変わってきたことがある。
それは、「無理して前へ進むこと」を、以前ほど正義だと思わなくなったことだ。
昔は、疲れていても動いていた。
気分が乗らなくても進めていた。
多少無理してでも頑張ることが、大人なんだと思っていた。
でも、そのやり方を続けていると、ある日まとめて壊れる。
実際、自分も以前かなり無理をして、心も身体も動かなくなった時期がある。
だから最近は、
「どれだけ進めたか」
より、
「生活が崩れていないか」
を見るようになった。
ちゃんと眠れているか。
食事できているか。
海へ向かう感覚が残っているか。
少し笑える余白があるか。
そういう小さい部分のほうが、長く生きていくには重要なんじゃないかと思うようになった。
海へ歩いて向かう時間は、「自分を戻す時間」なのかもしれない
最近、自分の生活にはAIもかなり入り込んでいる。
文章を書く。
考えを整理する。
サイトを作る。
アイデアをまとめる。
そういう作業の多くを、AIと対話しながら進めている。
それはとても便利だし、実際かなり助けられている。
でもその一方で、頭だけで生き続けると、自分の身体感覚が少し薄くなる時もある。
考える。
整理する。
判断する。
ずっと脳を動かし続ける。
だから海へ向かう時間って、頭ではなく、「身体側へ戻る時間」なのかもしれない。
風の冷たさ。
雨の湿度。
歩く感覚。
波の音。
そういうものを感じていると、少しだけ「人間に戻る感覚」がある。
「何かを達成した朝」ではない
今日の朝は、多分、特別なことは何も起きていない。
大会で勝ったわけでもない。
仕事で成果が出たわけでもない。
波が最高だったわけでもない。
でも、それでも良い朝だと思った。
昨日は引っ越しのアルバイトだった。
身体も少し疲れている。
雨も降っている。
風も冷たい。
それでも、自分はちゃんと起きて、海へ向かって歩いている。
最近は、そういう「小さい接続」が意外と大事なんじゃないかと思っている。
生活って、多分、劇的に変わることは少ない。
むしろ、
- 少し早く起きられた朝
- 久しぶりに海へ向かった日
- 雨の中を歩いた時間
- 無理せず動けた感覚
みたいな、小さいものの積み重ねで戻っていく。
そして今日は、その「戻っていく途中」に少し触れられた朝だった気がしている。