「寝坊して電車も遅れたのに間に合った日」に感じた、生活の“余白”の大切さ

ジャーナリング

「これは間に合わないかもしれない」と思った

今日は病院の日だった。

でも朝から、少し予定が崩れていた。

4時半には起きていた。

海へ波チェックにも行った。

少し作業もしていた。

ただ、昨日の疲労が思っていた以上に残っていて、どうにも集中できなかった。

だから少しだけ横になった。

本当に少し休むつもりだった。

でも、次に目を覚ました時には、病院へ向かうために家を出る時間になっていた。

その瞬間、

「あ、これは間に合わないかもしれない」

と思った。

しかも電車も少し遅れていた。

今日はかなり危ない日だったと思う。

それでも、なぜか間に合ってしまった

でも結果的には、ちゃんと病院へ到着できた。

自分でも少し驚いた。

寝坊した。

電車も遅れていた。

それなのに、なぜか間に合った。

理由を整理すると、多分いくつか重なっていた。

まず、自分は普段から、予約時間よりかなり早く到着するように動いている。

10分前行動くらいを前提にしていることが多い。

つまり普段から、少し余白を積んで生活している。

そしてもう一つ。

もともと今日は、

“乗り換えが少ないけど時間がかかるルート”

で移動する予定だった。

でも今回は、

“乗り換えは多いけど早く着くルート”

へ切り替えた。

結果的に、その判断がかなり効いた。

つまり今日は、

  • 普段から積んでいた余白
  • 状況に応じたルート変更

その二つが重なって、ギリギリ間に合った感じだった。

正直、かなりラッキーだったと思う。

「ちゃんとしている人」でいたかった

自分は昔から、「遅刻しないようにしなきゃ」という感覚がかなり強い。

特に病院みたいな場所だと、

  • 相手に迷惑をかけたくない
  • 空気を悪くしたくない
  • ちゃんとしていない人だと思われたくない

みたいな感覚が強く出る。

だから今日も、電車を待ちながら結構不安だった。

「何時に着くんだろう」

「間に合うのかな」

「遅れたらどうしよう」

そんなことをかなり考えていた。

でも最近、少し思う。

多分、自分は昔から、

“崩れないように生きる”

ことをかなり頑張ってきた。

ちゃんとする。

迷惑をかけない。

予定通り動く。

空気を乱さない。

そういうことを、かなり強く意識していた気がする。

でも人間って、毎日完璧には動けない

ただ最近は、少し感覚が変わってきた。

人間って、毎日同じようには動けない。

特に疲労って、遅れて来ることがある。

昨日は普通に動けていた。

でも、今日になって急に身体が落ちる。

そういうことって普通にある。

今回も、多分そうだった。

朝4時半には起きている。

海にも行っている。

つまり完全停止していたわけではない。

でも、その後に急激にエネルギーが落ちた。

昔だったら、多分こういう日をかなり責めていたと思う。

「ちゃんとできなかった」

「寝てしまった」

「自己管理不足だ」

そんなふうに考えていた気がする。

でも最近は、

“崩れないこと”

より、

“崩れても戻って来られること”

のほうが大事なんじゃないかと思うようになった。

今日、自分を助けたのは「普段の余白」だった

今回かなり印象的だったのは、

“普段の自分”

が、今日の自分を助けたことだった。

もし普段からギリギリ行動だったら、多分今日は間に合っていなかった。

でも普段から少し余裕を持って動いていた。

だから今日は、その余白が吸収してくれた。

これって、結構大きいことなんじゃないかと思う。

最近は、

  • 効率
  • 最適化
  • 時短
  • 生産性

みたいな言葉が強い。

もちろんそれも大事。

でも、人間ってずっと100%では動けない。

疲れる日もある。

寝落ちする日もある。

電車が遅れる日もある。

だから本当は、

“余白”

って、サボりじゃなくて、

“崩れた時の吸収材”

なんだと思う。

「まぁラッキーだったな」と思えた

そして今日、自分の中で少し良かったなと思ったことがある。

それは最後に、

「まぁラッキーだったな」

と思えたことだった。

昔だったら、多分もっと自分を責めていた。

「ちゃんとしろよ」

「危なかったじゃん」

そんな感じになっていた気がする。

でも今日は、少し違った。

寝坊した。

電車も遅れた。

でも、ちゃんと病院へ着いた。

しかも、その背景には、

  • 普段の行動
  • 自分なりの余白
  • その場の判断変更

があった。

だから今日は、

「危なかった日」

というより、

“普段の積み重ねに助けられた日”

だった気がしている。

そして最近は、こういう“ギリギリだけど着地した日”のほうが、妙に人間らしく感じる。

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