「明日は雨のサカイか…」と思った夜
さっき、回転寿司屋のアルバイトから帰ってきた。
時間はもう深夜に近い。
身体は重い。
全身に疲労が残っている感じがある。
しかも明日は、引っ越しのアルバイトだ。
そして天気予報は雨。
正直、かなり気が重い。
引っ越しの仕事って、晴れの日と雨の日で、しんどさがかなり違う。
荷物は滑りやすくなる。
ダンボールは湿気を吸う。
靴も濡れる。
移動もやりにくい。
作業スピードも乱れやすい。
しかも、現場全体に少しピリついた空気が流れやすくなる。
だから雨の日の引っ越しは、単純に「濡れて嫌」だけでは終わらない。
身体も神経も、普段より消耗しやすい。
今日は帰宅してから、まず最初に、
「せめて相性の悪くないドライバーだといいな」
と思った。
最近、その感覚がかなり大きくなっている。
「誰と働くか」で、疲労の質が変わる
以前の自分は、
「仕事なんだから我慢するしかない」
と思っていた。
相性が悪い人もいる。
空気のきつい人もいる。
多少嫌でも、合わせるしかない。
そうやって考えていた。
でも最近は少し感覚が変わってきた。
今は、
“誰と長時間働くかで、翌日以降の神経残量まで変わる”
感覚がかなりある。
特に引っ越しの仕事って、拘束時間が長い。
しかもマンツーマンに近い。
つまり、相性の影響をかなり受けやすい。
もちろん、仕事だから多少のストレスはある。
完璧に快適な環境なんて存在しない。
でも最近は、
「耐えられるか」
より、
“長期的に運用可能か”
を見るようになってきた。
これは自分の中では結構大きい変化だと思う。
最近、「回復」が生活の中心になっている
ここ最近、疲労の抜け方が変わってきた気がする。
以前なら、一晩寝ればある程度戻った。
でも最近は違う。
疲労が2日くらい尾を引く。
特に引っ越しのアルバイト後は、
- 前腕の筋肉痛
- 全身のだるさ
- 起床時の重さ
- 夢見の悪さ
- 神経疲労
みたいなものが長く残る。
しかも、その回復途中で別の仕事が入る。
すると、完全に戻る前にまた削られる。
その繰り返しで、
最近は「ずっと疲れている」が普通になってきている。
そして最近、少し苦しく感じているのは、
“回復すること”
そのものが生活の中心になってきていることだ。
働いて疲れる。
回復する。
また働く。
そのサイクルだけで、一週間が終わっていく。
もちろん生活のためには働かなければいけない。
でも最近、
「次の労働へ耐えるために回復している」
感覚がかなり強くなっている。
それが少し寂しい。
「頑張る」より、「削り切られない」が大事になってきた
昔の自分なら、多分こういう時ほど気合で押していた。
疲れていても頑張る。
多少無理してでも動く。
限界ギリギリまでやる。
でも最近は、そのやり方が少し怖くなってきた。
実際、以前かなり無理をして、心身ともに崩れた時期がある。
だから最近は、
「どこまで頑張れるか」
より、
「どこまで削られずに戻って来られるか」
のほうを考えるようになった。
今日も帰宅してから考えていた。
明日のテーマは、多分、
“省エネモードで乗り切る”
なんだと思う。
ここでいう省エネって、サボることではない。
必要以上に神経を削らないこと。
無駄に自分を追い込まないこと。
全部を完璧にやろうとして燃え尽きないこと。
最近、自分の中で少しずつ、
「全力を出し続けること」
より、
“長く壊れずに続けられること”
のほうが重要になってきている。
人は、「体力」より「終わらなさ」で消耗する
最近感じるのは、人って単純な疲労だけなら意外と耐えられるということだ。
でも、
“この状態がずっと続きそう”
と思った瞬間、一気に苦しくなる。
例えば、
「今週だけ忙しい」
なら耐えられる。
でも、
- 来週も疲れている気がする
- また筋肉痛が来そう
- また夢見が悪そう
- また回復途中で次の仕事
そういう未来が見えてくると、急に重くなる。
最近の自分は、少しそこに近い。
だから今感じている疲労って、単なる筋肉痛だけではない。
“終わりが見えない感覚”
が混ざっている。
本当に欲しいのは、「休める自由」なのかもしれない
最近、自分が本当に欲しいものについて考えることが増えた。
もっとお金が欲しいのか。
もっと楽をしたいのか。
もちろん、それもある。
でも最近、一番近い感覚は、
“安心して休める状態”
なのかもしれない。
今は、休むと収入が止まる。
だから完全には止まれない。
でも本当は、
「今日は回復を優先しよう」
を、もう少し安心して選べる状態が欲しい。
だから自分は今、
- ブログを書いたり
- AIを使った仕組みを考えたり
- サイトを育てたり
しているんだと思う。
つまり、
「働きたくない」
ではなく、
“労働だけで人生が埋まらない状態”
を作りたい。
明日は、とにかく削られ過ぎないことを考える
正直、今の時点でかなり疲れている。
身体も重い。
神経も少し削れている。
しかも明日は雨の引っ越し。
だから今日は、
「明日めちゃくちゃ頑張ろう」
とはあまり思っていない。
むしろ、
“明後日の自分が壊れないように戻ってくる”
ことのほうが大事な気がしている。
最近ようやく、
「無理できること」
と、
「無理し続けて大丈夫なこと」
は違うのだと、少しずつ分かってきた。
そして今の自分に必要なのは、多分、
限界まで燃えることではなく、
“神経を削り切らずに生活を続けること”
なのだと思う。