「明日は何もできない」と思うと夜ふかししてしまう──未来を止めたくない夜の話

ジャーナリング

また夜ふかしをしている。

時間は深夜3時を回っている。

明日は朝から引っ越しのアルバイトだ。

しかも雨予報。

正直、かなり気が重い。

身体の疲労もまだ抜け切っていない。

それなのに、なぜか寝ようとすると、逆に「まだ何かやっておかなきゃ」という感覚が強くなる。

最近少し分かってきたことがある。

自分はどうやら、

“翌日に自分の時間が使えない”

と思うと、夜ふかししやすくなるらしい。

多分、脳のどこかで、

「明日は何も進められない日」

として認識してしまうのだと思う。

すると、その前に少しでも、

  • コラムを書いておこう
  • AIを触っておこう
  • サイトを進めておこう
  • 思考整理しておこう

となってしまう。

つまり、自分の夜ふかしって、

単なる怠惰というより、

“未来を止めたくない感覚”

に近いのかもしれない。

「空いている日」は、実はそんなに空いていない

今の生活は、アルバイト中心で回っている。

日中は仕事。

その合間で、ブログやサイト運営、AIを使ったプロジェクトを進めている。

一見すると、火曜や水曜は夕方からのアルバイトなので、昼間に自由時間があるように見える。

でも実際は、そう単純ではない。

引っ越しのアルバイトの疲労がかなり残る。

前腕の筋肉痛。

全身の重さ。

起床時のだるさ。

夢見の悪さ。

神経疲労。

そういうものが翌日まで尾を引く。

だから、「時間は空いているけど動けない」という日が結構ある。

金曜日も一応休みだ。

でも、ここにも現実がある。

まず、金曜は引っ越しバイトの翌日なので、午前中がほぼ回復で終わることが多い。

さらに、病院などの予定も金曜へ入りやすい。

週に一日しか完全休みがないので、どうしてもそこへ集まってくる。

つまり、

“自由に使える丸一日”

って、実はかなり少ない。

最近、そのことをかなり実感している。

「未来への投資」は、勝手には進まない

最近よく思う。

未来って、放っておくと全然進まない。

生活だけなら回る。

アルバイトへ行く。

疲れる。

帰る。

寝る。

また働く。

それだけなら、一応日々は成立する。

でも、自分が本当に進めたいものって、その外側にある。

  • ブログ
  • AI活用
  • サイト運営
  • SEO
  • 仕組み化
  • 非労働収益

そういうものは、誰かが勝手に進めてくれるわけじゃない。

自分で時間を作らないと、何も前進しない。

しかも、その時間って、余った時間から自然に生まれるわけではない。

むしろ現実は逆だ。

放っておくと、

  • 労働
  • 回復
  • 通院
  • 雑務

だけで全部埋まる。

だから最近は、

“未来への投資時間は、無理やり確保するもの”

に近い感覚がある。

そして、その感覚が夜更かしへ繋がっている部分もある。

「ちゃんとした社会人」であることより、大事なもの

もちろん、本当は早く寝たほうがいい。

睡眠不足は身体にも良くない。

判断力も鈍る。

それは分かっている。

でも最近は、

「社会的に正しい生活」

と、

「自分の人生が前進する感覚」

が、少しズレてきている。

例えば明日の引っ越しバイト。

正直、寝不足でもある程度は働ける。

もちろん、ベストコンディションではない。

判断力も落ちる。

優秀な労働者とは言えないかもしれない。

でも、あの現場って、そもそも世間一般の「ちゃんとした労働環境」とはかなり違う。

かなり荒っぽい。

良くも悪くも、極限環境に近い。

だから最近は、

「世間的に模範的な労働者であること」

より、

“自分の人生をどう前進させるか”

のほうへ意識が向いている。

ここは、自分の中でもかなり大きな変化だと思う。

夜は、「自分の人生」を取り戻せる時間でもある

自分は昔から、夜のほうが頭が動く。

静かになる。

人の気配が減る。

判断がしやすくなる。

だから夜って、自分にとって単なる夜更かし時間ではない。

“自分の人生へ戻ってこられる時間”

に近い感覚がある。

昼間は、どうしても労働へ引っ張られる。

でも夜になると、

  • 考える
  • 書く
  • 作る
  • 整理する

ができる。

つまり、

「自分の未来側」

へ意識を戻せる。

だから翌日に朝から予定がある時ほど、

「今のうちに少しでも未来を進めたい」

が強くなる。

そして結果的に、夜更かししてしまう。

本当に怖いのは、「何も進んでいない感覚」

最近気づいた。

自分が本当に嫌なのは、

疲労そのものではないのかもしれない。

もちろん疲れるのは嫌だ。

身体もキツい。

でも、それ以上に苦しいのは、

“自分の人生が前進していない感覚”

なんだと思う。

例えば、

  • 労働
  • 回復
  • また労働

だけで一週間が終わると、かなり苦しくなる。

逆に、少しでも、

  • 記事を書けた
  • サイトを更新できた
  • AIの設計が進んだ
  • 考えが整理できた

があると、精神的にかなり違う。

つまり今の自分って、

「ラクをしたい」

というより、

“自分の未来を動かしている感覚”

を求めているんだと思う。

だから今日も、夜に未来を触っている

もちろん、今の生活は少し無理がある。

睡眠不足気味だし、疲労も溜まっている。

でも、それでも夜にAIを開いて、文章を書いて、考え事を整理してしまう。

多分それは、

「サボっている」

のではなく、

“未来を失わないための行動”

なんだと思う。

最近ようやく、

「ちゃんと休むこと」

と同じくらい、

「自分の未来を諦めないこと」

も、人間には必要なんじゃないかと思い始めている。

そして今の自分は、多分、

睡眠時間そのものより、

“自分の人生が前進している感覚”

を失うほうが、ずっと怖いのだと思う。

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