「起きたら家を出る時間だった日」に感じた、疲労と生活のリアル

感情と言葉

「少し横になる」のつもりだった

今日は朝4時半に起きた。

昨日は引っ越しのアルバイトだったので、もっと身体が重いと思っていたが、意外と自然に起きることができた。

朝は海へ波チェックにも行った。

雨が降っていて、風も少し冷たかった。

波はそこそこあったけれど、満潮で割れず、午後なら良くなりそうな感じだった。

ただ、その時間帯は病院へ行っている。

「今日はタイミングが合わない日なんだな」

そんなことを考えながら帰宅した。

そのあと少しだけ作業をしていたのだけれど、どうにも集中できなかった。

頭がぼんやりする。

身体が重い。

昨日の疲労が、思っていた以上に残っていた。

だから、「少しだけ横になろう」と思った。

本当に少しだけのつもりだった。

起きたら、家を出る時間だった

次に目が覚めた時、時計は12時を回っていた。

病院へ行くために、ちょうど家を出なければいけない時間だった。

その瞬間、少し焦った。

「あ、やってしまったな」

と思った。

ちゃんと起きていたつもりだった。

朝も動けていた。

海にも行った。

でも、身体は思っていた以上に疲れていたらしい。

最近、自分の中で少しずつ分かってきたことがある。

それは、

“起きられること”

と、

“その後も活動を維持できること”

は、別なんだということだ。

以前の自分は、「朝起きられた=今日は大丈夫」と考えがちだった。

でも最近は違う。

朝だけ動ける日もある。

起動はできる。

でも、途中で急に電池が切れる。

特に、肉体疲労と神経疲労が重なった後は、その落差がかなり大きい。

「今日はやめようかな」が頭をよぎった

起きた瞬間、病院を休もうかとも思った。

今から準備してもギリギリだ。

少し遅れるかもしれない。

疲労感も残っている。

正直、面倒だとも思った。

でも、そのあと少し考えた。

自分は普段、予約時間よりかなり早めに到着するように動いている。

10分以上前に着くようにしていることも多い。

つまり、普段から「余白」を作るように行動している。

だから今日は、その余白が多少崩れても、まだ完全には破綻していない。

そう考えて、「やっぱり行こう」と思った。

最近少し感じるのは、

“普段の自分の積み重ね”

が、疲れている日の自分を助けることがある、ということだ。

駅で感じた、小さい不安

今は駅で電車を待っている。

ただ、どうやら少し遅延しているらしい。

何時に着くのか分からない。

その瞬間、また少し不安が出てきた。

自分は昔から、「遅れるかもしれない」という状況に弱い。

特に、

  • 相手に迷惑をかけるかもしれない
  • ちゃんとしていないと思われるかもしれない
  • 空気が悪くなるかもしれない

みたいなことを、かなり先まで考えてしまう。

だから、電車遅延みたいな「自分では制御できない不確実性」が入ると、一気に神経がざわつく。

でも最近は、その感覚も少し客観的に見られるようになってきた。

不安になっている。

焦っている。

でも、それは「自分がダメだから」ではなく、

“予定が崩れそうな時に神経が敏感に反応している”

だけなのかもしれない。

「ちゃんとできなかった日」にも、現実は続いている

昔の自分だったら、多分こういう日をかなり責めていたと思う。

寝てしまった。

予定通り動けなかった。

集中できなかった。

ちゃんとしていない。

でも最近は、少し感覚が変わってきた。

もちろん、理想通りに動けるほうが良い。

でも、人間って毎日同じ状態ではいられない。

特に、疲労って「昨日の分」が遅れて来ることもある。

昨日は動けていた。

でも、今日になって身体が落ちる。

そういうことは普通にある。

最近は、

“生活を破綻させないこと”

のほうが、以前より重要になってきた。

完璧にやることより、

途中で崩れても戻って来られること。

予定通りじゃなくても、完全停止しないこと。

今日って、多分そういう日なんだと思う。

「間に合わないかも」の中でも、向かっている

今も正直、不安はある。

病院に何時に着くのか分からない。

少し遅れるかもしれない。

でも、それでも自分は今、ちゃんと向かっている。

これって当たり前のようで、実は結構大事なんじゃないかと思う。

最近、自分の中で少しずつ変わってきたことがある。

それは、

“崩れないこと”

より、

“崩れても戻れること”

のほうが、長く生きていくには重要なんじゃないか、という感覚だ。

今日は、多分すごく綺麗な一日ではない。

予定通りでもない。

理想的でもない。

でも、

  • 朝起きた
  • 海へ行った
  • 疲労を感じた
  • 寝落ちした
  • 焦った
  • それでも病院へ向かっている

そこまで含めて、これもちゃんと「生活」なんだと思う。

そして最近は、そういう不完全な日のほうが、妙に人間らしい気がしている。

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