デザインフェスタへ行きたかった
明日と明後日は、デザインフェスタが開催される。
自分は昔から、あのイベントが割と好きだった。
毎回必ず行くわけではない。
余裕があっても行かない時もある。
でも今回は、なんとなく行きたい気分だった。
理由はうまく説明できない。
「絶対見たい作品がある」とか、「推しの作家が出る」とか、そういう強い目的があるわけでもない。
ただ最近、少し“息が詰まり始めている”感覚があった。
だから、多分、自分はあの空間へ行きたかったんだと思う。
気づけば、ずっとバイトばかりだった
ただ、残念なことに明日明後日はアルバイトを入れてしまっていた。
しかも終日シフトだった。
夜からのシフトなら、午前中だけでも行けた。
でも今回は、完全に被っている。
シフトを出した時は、そこまで考えていなかった。
というより、直近のイベント予定を確認せず、かなり“めくら”でシフトを出してしまっていた。
最近は、
- 生活費
- 固定費
- 将来不安
- リボ払い
- 収益化
- ブログ
- AI
- バイト調整
みたいなものを常に頭の中で回している。
だから最近のシフト提出って、
「空いている日を埋める」
感覚に近くなっていた。
でも、ふと気づいた。
最近、自分は“働くこと”ばかりになっている。
「娯楽」ではなく、「呼吸」が必要だった
最近、あまり遊んでいない。
もちろん、海へ行くことはある。
AIで遊ぶこともある。
ブログを書くことも嫌いではない。
でも、純粋に「自分を休ませるための時間」がかなり減っていた。
特に最近は、
- バイト
- 作業
- KPI
- 将来設計
- 収益化
みたいな、“前へ進めること”ばかりを優先していた。
それ自体は悪いことではない。
むしろ今の自分には必要な時期でもあると思う。
ただ、人間って、
「止まらずに進み続ける」
だけだと、少しずつ呼吸が浅くなる。
最近の自分は、多分そういう状態だった。
だから今回、「デザインフェスタへ行きたい」と思ったのも、単なる娯楽欲求ではなかった気がする。
もっと、
“空気を入れ替えたい”
感覚に近かった。
デザインフェスタには、「人の熱」がある
自分がデザインフェスタを好きな理由って、多分そこなんだと思う。
あの場所には、人の“好き”がそのまま並んでいる。
効率とか、売上とか、SEOとか、最適化とか、そういうものだけではない。
もちろん商売として出展している人もいる。
でもそれ以上に、
「これが好きだから作った」
みたいな熱量がある。
世の中って、放っておくとどんどん「正解」へ寄っていく。
効率。
数字。
成果。
再現性。
今の自分も、かなりそちら側で生活している。
AI。
収益化。
アクセス。
導線。
KPI。
そういうものを毎日考えている。
でも、デザインフェスタって少し違う。
「こんなの作っていいんだ」
「こんな世界観でも成立するんだ」
みたいな、“正解じゃないもの”が大量に存在している。
だから、自分はあそこへ行くと少し呼吸が戻る。
「働いていない時間」は、無駄ではない
最近、自分の中で少し変わってきた感覚がある。
昔は、
「休む=止まる」
感覚が強かった。
遊んでいる時間は、生産していない。
だから、どこか罪悪感があった。
でも最近は少し違う。
特に、自分みたいに、
- 人の空気を受けやすい
- 神経疲労が溜まりやすい
- 接客や労働で消耗しやすい
タイプだと、
“回復しないまま走り続ける”
ほうが危険なんだと思うようになった。
しかも今って、
単に「生活費を稼ぐ」だけではなく、
- 将来を作る
- 非労働収益を育てる
- ブログを書く
- AIを活用する
- 自分の働き方を変える
みたいな、長期戦も並行している。
だから本当は、
“感覚を回復させる時間”
も、生活維持コストの一部なんだと思う。
今回の反省は、「イベントを忘れていたこと」ではない
今回の出来事で、一番大きかったのは、
「デザインフェスタへ行けない」
そのものではない。
むしろ、
“未来の自分の余白”
を考えずにシフトを入れてしまっていたことだった。
最近は、「空いている日=働ける日」になっていた。
でも本来は、
- 海へ行く日
- 何もしない日
- イベントへ行く日
- 人の作品を見る日
- 街を歩くだけの日
みたいなものも、ちゃんと生活に必要なんだと思う。
特に土日はイベントが多い。
だから今後は、シフトを出す前に、少し予定を見るようにしたい。
「働けるか」だけじゃなく、
「ちゃんと呼吸できるか」
も含めて考えたい。
「行きたい」と思えたことが少し嬉しかった
結局、今回は行けない可能性が高い。
少し残念だ。
でも、自分の中ではもう一つ大きかったことがある。
それは、
「行きたい」と思えたことだった。
最近は、疲労が続くと、そもそも何かを楽しみたい感覚そのものが薄くなる時がある。
でも今回は、
「デザインフェスタ行きたいな」
と思えた。
多分それって、
感覚側がまだちゃんと生きている、ということなんだと思う。
だから今日は、
「行けなくて残念な日」
というより、
“自分の呼吸不足に気づけた日”
だった気がしている。