朝、このブログの日記を、試しにGrokへ書かせてみた。
品質は落ちた。自分で読んで、それはすぐ分かった。それでも、なんとか公開できるところまでは来ていた。
頭に残ったのは、出来より先の感覚だった。Other Modelsの残量を気にして、書く前で手が止まる。その止まり方のほうが、少し落ちた文章より嫌だった。
68%の画面で、日記に割く1%が重く見えた

画面のOther Modelsは68%だった。
GPT-5.6で記事を1本書くと、だいたい1%減る。1本なら小さく見える。日記は1本で終わらない。気持ちが動いた日に、また書く。旅行サイトのメール返信とコラムも、同じ枠を使いたい仕事として残っている。
リセットまでの残りを考えると、Other Modelsを気軽に使える状態ではなかった。日記にまで割り当てる余裕は、この朝は無かった。
以前、使用量が97%まで迫った夜に、モデルを選ぶこと自体で作業の前に疲れていた。考える負担を減らすための道具なのに、残量を見てからでないと書き出せなくなっていた。
そのときのことを、こちらに書いている。
以前は、感情の記事にこそ上位モデルを残していた

少し前まで、日記のような文章にはGPT-5.6を使う、と決めていた。同じ体験を二つのモデルに書かせたとき、感情の温度が自分に近かったのがそちらだった。
その比較は、こちらに残している。
あのときは、品質の感触で役割を分けていた。利用枠の残量は、判断の中心ではなかった。
その後、別の夜に、仕事の種類でもう一度分けた。録画から書く記事と、定期のコラムは上位モデルに残す。差の小さかった店舗紹介文は、次のリセットまでGrokで進める。下書きを挟んでから直す工程は、枠の節約にはあまりならなかった。
その境界は、こちらに書いている。
この朝の仮説は、その続きだった。日記は気持ちが本体なので、店舗紹介文のようには下げられない。差が出る文章だから、上位モデルに残る。そう思っていた。
品質は落ちた。公開できるラインには乗っていた

試しに出た原稿は、品質が落ちていた。落ち方の内訳は、この朝はまだ言葉になっていない。同時に、公開できるラインには乗っていた。二つのことが、同じ原稿の中にあった。
落ちているから上位モデルへ戻す、という以前の分け方を日記にまで当てはめると、メールとコラムの1%が先に細くなる。残したいのは、そちらのほうだった。旅行サイトのメール返信とコラムには、今もGPT-5.6を使いたい。
枠を見てから書き始めると、日記の前で止まる。その止まり方を避けるなら、今の品質のまま出しておく。メールとコラムへ残す1%を、日記では使わない。
アクセスが少ない場所だから、出せると判断した

このブログは、始めたときから、読まれる数を成功条件にしていなかった。続けられる記録がほしかった。その日の自分を、あとから観測できる場所にしたいと思っていた。
その始まりは、こちらに書いている。
アクセスが少ない、という事実は、そのときから見えていた。だからこの朝は、完成度を一段上げることより、品質が落ちた原稿でも出しておくほうを選んだ。Grokでなんとか公開できるなら、このブログの日記はGrokで書いてよい。そう判断した。
差は出ている。出ているのを見たうえで、この場所では、止まることより出すことを先にした。メールとコラムは、同じ棚には載せていない。
ナイトレインは、同じ判断にできなかった

ナイトレインの記事は、Grokだとかなり品質が落ちることが多かった。
日記で「なんとか公開できる」と判断した線を、ゲームの記事へそのまま持っていくことはできなかった。前に録画から書かせた原稿は、公開したいところまで届いていない。今日の日記は、その線を越えたと感じた。ナイトレインは、かなり落ちることが多い、というこれまでの感触のままだ。
もう一度試してから、考えたい。この朝の時点では、そこまでしか決まっていない。再びかなり落ちるのか。落ちても出せるところに乗るのか。それは、まだ見ていない。
リセットのあと、68%という圧が薄れれば、日記を上位モデルへ戻すこともあるかもしれない。戻すかどうかは、この朝には分からない。
少し落ちても、日記は出しておく。メールとコラムには、今の枠を残す。ゲームの記事は、もう一回見てからにする。



