「好きなこと」だけでは続かない。でも、「好き」がないと壊れていく

サーフィンと生活

「サーフィンできそうなのに、身体が動かない朝」

今日は6時半起床だった。

昨日寝たのは1時半頃なので、睡眠時間は5時間くらい。

数字だけ見れば「少し寝不足」という程度かもしれない。

でも実際の感覚は、単純な眠さとは少し違っていた。

身体が重いというより、神経が疲れている。

そんな感覚に近かった。

昨日は、運営しているサーフィン系サイトの記事をかなり集中して書いていた。

湘南の波情報や、サーフィンをするかどうかの判断、海のコンディションの見方などを扱っているサイトだ。

記事を書くといっても、単純に文章を並べるだけではない。

検索する人が何を知りたいのかを考えて、構成を組み、読みやすさを整え、実際に役立つ内容になるように調整していく。

しかも最近は、

「検索に強いか」

だけではなく、

「ちゃんと人の役に立つか」

「自分の言葉として残せるか」

まで考えるようになっている。

だから記事を書き終わったあとって、身体よりも先に神経が疲れる。

昨日は特にその感覚が強かった。

海へ行った。でも、少し迷った

今朝はすでに海へ行って、波を見てきた。

予報的には、サーフィンできそうな日だった。

最近の生活だと、実際に海へ入れるタイミングはかなり少ない。

だから理性的に考えれば、「今日は入った方がいい日」だったと思う。

でも、海を見ながら少し迷っていた。

今日は波待ち時間が長そうだった。

波数も少なそうだった。

そして、その「待つ時間」が少し重く感じた。

昔は、海へ行けるだけで嬉しかった。

多少波が悪くても、とりあえず入っていた。

でも最近は少し感覚が変わってきた。

サーフィンって、単純に「海へ入った回数」ではないんだなと思うようになった。

今の自分にとって大事なのは、

“海へ行ったあと、自分が少し戻って来られるか”

なのかもしれない。

「疲労」にも種類がある

最近かなり感じているのが、「疲労には種類がある」ということだ。

引っ越しのアルバイトみたいな肉体疲労。

飲食店の接客や厨房みたいな、人間密度の高い疲労。

そして最近増えているのが、

“ずっと思考を回し続ける疲労”

だ。

AI。

SEO。

記事構成。

収益化。

将来設計。

最近の自分は、常に何かを考えている。

しかもそれらは、「今日だけ頑張れば終わり」ではない。

積み上げ型だ。

だから頭の中がずっと動き続ける。

夜になっても完全には止まらない。

その状態で朝を迎えると、身体は起きていても、神経がまだ少し疲れている。

今日はまさにそんな朝だった。

Dark Souls2をクリアして思ったこと

昨日、記事を書き終わったあと、Dark Souls2をやった。

そして何年か越しで、ようやくクリアできた。

これはちょっと嬉しかった。

単純にゲームクリアというより、

「ずっと終わっていなかったものが終わった」

感覚が大きかった。

最近の生活って、終わらないものが多い。

仕事。

収益。

記事。

AI。

改善。

生活。

どれも途中で、どこまで行っても「まだ続く」がある。

だから昨日、ひとつの作品を最後まで終えた感覚は、思っていた以上に大きかった。

しかもダークソウルって、簡単なゲームではない。

何度も失敗する。

やられる。

心が折れそうになる。

でも少しずつ進んでいく。

その感覚って、最近の生活と少し似ている気がした。

すぐに成果が出るわけではない。

でも、少しずつ前へ進んでいる。

昨日のクリアは、そんな感覚を少し思い出させてくれた。

「好きなこと」だけでは生活できない

最近、自分の中でずっと考えていることがある。

それは、

「好きなことだけでは生活できない」

という現実だ。

サーフィンは好きだ。

AIも好きだ。

文章を書くことも嫌いじゃない。

でも、現実には生活費が必要になる。

だからアルバイトもしている。

今の生活は、

  • 労働
  • 開発
  • 記事
  • AI
  • 回復

を、全部同時に回している感じに近い。

しかも最近は、

「どうすれば将来的に労働依存を減らせるか」

をかなり現実的に考えている。

だから最近作っているサイトや記事も、単なる趣味ではない。

未来の生活を少し変えるための挑戦でもある。

でも同時に、最近強く感じることもある。

それは、

“好きなものが生活から消えると、人は少しずつ壊れていく”

ということだ。

「効率」だけで人生を埋めたくない

最近の自分は、かなり効率を考えている。

どの仕事が収益につながりやすいか。

どこへ時間を投下するべきか。

どの導線が成果につながるか。

そういうことを、かなり現実的に考えている。

でも、その一方で、

「効率だけで人生を埋めたくない」

感覚もかなり強くなってきた。

例えば今日みたいに、

「サーフィンしたほうがいい」

と理性的には分かっていても、身体がついてこない日がある。

それでも海へ行って、波を見るだけで少し気持ちが戻ることがある。

多分、自分にとって海って、

単なる趣味ではない。

“自分を確認する場所”

に近いんだと思う。

最近、働き方とか収益とか将来設計ばかり考えていると、少しずつ「生きている感覚」が薄くなることがある。

だから海へ行く。

波を見る。

風を感じる。

それだけで、「ああ、自分はまだちゃんと生きてるな」と思える瞬間がある。

「好き」を残したまま生きていきたい

今の生活は、決して余裕があるわけではない。

むしろかなり綱渡りだと思う。

でも最近は、

「どこまで無理できるか」

より、

“どうすれば壊れずに続けられるか”

を考えるようになってきた。

その中で最近思うのは、

「好きなことを全部仕事にしたい」

ではなく、

“好きなものを失わずに生きたい”

なのかもしれない。

サーフィン。

文章。

AI。

そういうものが生活から完全に消えたら、多分自分はかなり苦しくなる。

だから最近は、

  • 収益
  • 労働
  • 回復
  • 幸福感

のバランスを、少しずつ探している。

まだ答えは出ていない。

でも少なくとも最近は、

「無理して全部やる」

より、

“自分が自然に続けられる形”

を探し始めている気がする。

そして多分、それが今の自分にとって、一番大事なことなんだと思う。

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