自分の要求ばかりを言い過ぎると、相手は逃げるだけだ。
その日の午後、先に浮かんだのはこの一文だった。送りそうになっているメールの手前で、少し嫌な感じがした、というのに近い。理屈を整える前に、逃げる、という言葉が来ていた。
やっているのは、海外のパートナーと一緒に、日本人のお客様の旅行相談へ返事を書く仕事だ。現地の事情は、パートナーのほうが知っている。日本語で読んだときにどう届くかは、自分のほうが見えやすい。そのあいだに立って、文の温度を通している。
情報としては、確かにそうだった

この日、パートナーから頼まれたのは、もう一度お客様へ連絡することだった。
年末の繁忙期で、日本語を話せるドライバーの確保が厳しくなっている。注文するなら早めに、と書いてほしい、という依頼だった。確保が難しいこと自体は、こちらも知っている。知っているからこそ、書こうと思えばすぐ書ける文でもあった。
パートナー側の説明は、強制ではない、だった。事前の情報提供だ、と。無理に旅行を勧めたいわけではない。予約が集中する時期だというのは事実で、今のうちに伝えておいたほうが、お客様のためにもなる。そういう内容だった。
読んで、なるほど、と思った部分はある。ドライバーが先に埋まっていく、という話は、嘘ではなさそうだ。情報としては、確かにそうだ。こちらが「それは違う」と言える種類の話ではなかった。事実のほうは、相手の言うとおりに見えた。
届く顔は、催促だった

それでも、日本人のお客様が読んだときの顔は、情報提供ではなかった。催促にしか感じられない、と思った。
お客様は、プランに合わせてホテルを予約し直す、と言っていた。日本人は忙しい。海外旅行のホテルを取り直すのは、それだけでかなり重い作業だ。返事をした翌日に「早くして」と来たら、「今やっているところだから」と感じる。忙しくて分かっていても、すぐには動けない。動いていないように見えて、内側では動いている時間がある。そこを、外から急かされると、作業が止まったように扱われた感じがする。
この日は、前回のやり取りから3日経っていた。翌日、とまでは言えない。3日なら、もうそろそろ連絡してもいい、とも思った。だからパートナーへは、そのように返している。連絡はする。ただし前提がある。日本人には、情報提供という名前の催促として届く。その前提で送る、と。
「送る」と「早い」が、同じ返事の中に入っていた。早いと感じたまま、送る側に回っている。
文化の違いを吸収するのも、自分の役目ではあると思っている。現地の「これは知らせるだけ」と、日本で読んだときの「急かされている」を、どちらかへ捨てずに通す仕事だ。その役目は、前にも感じている。あのときは、質問への答えが少しずれて、安心が残らない、という種類のずれだった。答えを、安心の形へ直していた。
今回のずれは、答えの過不足ではなかった。送ること自体のタイミングと、文の圧だった。役目として引き受ける、と決めたあとも、違和感は残った。残ったまま送る、になっている。吸収できたと、自分では言えない。
夜に返信は来た。違和感は、解けていない

その時刻の気持ちは、もう少し雑だった。これで話が流れても、私は知らんよ、という苦笑があった。丁寧に橋を架ける顔と、投げてしまいたい顔が、同じ午後にいた。要求ばかり言うと逃げる、と思いながら、その要求に近い文を、自分の手で送る側にいた。
夜になって、お客様から返信は来た。
午後の「流れても知らんよ」は、少なくともその夜の時点では、流れきってはいない。ただし、返信が来たことを、急かされた感じがなかった証拠にはしていない。来た、としか分かっていない。読んで安心した、とも自分では言っていない。来たことと、感じなかったことは、別だと思っている。
その返信への次の文面は、自分で少し直した。
催促するような形になってしまって申し訳ありません、と先に置く。年末は本当に多くの人が動くので、日本語のドライバー確保は苦労する。早く決めていただければ、より信頼できる人を押さえられるから知らせている。急かす意図ではないことだけ、理解してほしい。
午後に嫌だと思った圧を、夜の文面では、自分で下げている。下げながら、早く決めたほうがいいという中身は残している。謝罪と、実用の話が、同じメールの中に入った。どちらかを消してはいない。
3日は早かったのか。ちょうどだったのか。お客様は急かされたと感じたのか。感じたとして、それが「逃げる」につながったのか。要求ばかり言うと相手は逃げる、は、この日の仮説のままだ。夜に返信が来たことで、仮説は消えていない。
文化の違いを吸収する役は、このあとも続く。今回の件だけは、吸収しきった感じがしない。違和感を残したまま、文面の温度だけを夜に下げた。下げた文面が、相手にどう着地したかは、まだ見ていない。
