引越しのバイトの翌日は、最近、寝ていることが多い。
その日は、3時から13時半まで眠っていた。10時間半ある。昼過ぎに起きて、次のバイトまでは、まだ間があった。長く眠ったことで戻ったのかどうかは、起きた瞬間には分からなかった。分かる前に、説明のほうだけが先に来た。
目が覚めても、何かに手が出る感じはなかった。なにも手につかない。最近はずっと、それに近い。次のバイトは先に決まっていて、その前の時間を、自分で埋める感じがしなかった。
10時間半のあいだ、時刻だけは進んでいた。起きたのは13時半で、午前はもう終わっていた。残っていたのは、次のバイトまでの数時間だった。その数時間を何に使うかは、起きてからは決まらなかった。
回復だと言えば、言えそうだった

引越しの翌日に睡眠が長くなる理由なら、いくつか言える。重い荷物を持つ。階段を上る。人とタイミングを合わせる。勤務が終わったあとも、身体のほうは翌日まで回収を続けている。だから、翌日の多くを寝て過ごすのは、怠けというより、回復に時間がまわっているのだ、と。
その日の午後に、自分の状態へ言葉を当てると、回復、が先に出てきた。引越しの翌日は、これまでもそう置いてきた。置き場としては楽だった。回復にまわしている、と言えば、そうなのかもしれない。
前にも、引越しの翌日に9時間眠ったのに、仮眠が止まらなかった日がある。あの日は起きては落ちて、夜になってから、名前のある作業に手を伸ばしていた。
もっと前には、丸一日を回復に使ったと呼んで、その呼び方を自分で認めたほうが少し楽になる、と書いた日もある。動けなかった自分を、回復日という言葉で置き直していた。
だから今回も、最初に浮かんだのは同じ言葉だった。身体が休みを取っている。次のバイトまでに、少しでも戻そうとしている。
ただ、13時半に起きてからバイトに出るまでの時間が、その言葉に収まりきらなかった。
起きたあとは、アニメを見ていた

もう一度、長く眠ったわけではなかった。していたのは、アニメをだらだらと見ることだった。
続きが気になって選んだ、という感じではない。ついていた画面を、止める理由が見つからなかった、に近い。始める力が出てこない。止める力も、出てこない。同じことのようだった。
起きてすぐ、今日は回復に使う、と決めた記憶はない。決める前に、画面がついていた。その日の自分には、休むと決めた感覚が残っていなかった。
気力が湧かないので寝ている部分も大きい。起きて画面の前にいるあいだも、何かを始める気力がどこにも無かった。バイトに出る直前まで、そのままだった。
眠気で落ちているのか、気力が無いから時間が過ぎているのか。その日の昼は、両方のように思えた。割合は、自分でも分けられなかった。
風呂にも入れなかった

その日は、風呂にも入れなかった。
家の中の話だ。遠くへ行く用事ではない。それでも、湯船までの一歩が起きなかった。入る方へ切り替わらないまま、出かける時刻が来た。
画面の前から体が動いたのは、バイトに出るときだった。風呂は、入らないまま過ぎた。気力が、そこまで行かなかった。
バイトと休息が、交互に来る

最近の生活は、バイト、休息。バイト、休息。その繰り返しになっている。
引越しの翌日は、特に寝ていることが多い。一回だけなら、回復という言葉で済みそうにも思える。最近は、その翌日が何度も来ている。休んだあとに別のバイトがある。戻れば、また休息が来る。その日も、アニメを見て、次の勤務へ出た。
以前、この繰り返しを、回復が生活の中心になっている、と書いたことがある。働いて疲れる。回復する。また働く。次の労働に耐えるために休んでいる感じがして、少し寂しい、と。あの日は、その寂しさのあとに、削られすぎずに戻ってくる、という一文を置けていた。
今回は、そこまで言葉が続かなかった。
回復という言葉は、まだ手元にある。身体が休みを必要としている感じも、残っている。それと並んで、気力が湧かないままアニメを見て、風呂も入らずにバイトへ出る日が続いている。そうなると回復は、次の勤務までのつなぎに見えてくる。つなぎの先もバイトだと、その一日が回復だったのかどうか、その場では決められなかった。
生きている意味を感じない。
その文は、そのまま残った。働き方をどう変えるか、休みをどう増やすか、手順は浮かんでいない。次の引越しの翌日が同じになるかも、分からない。10時間半眠れば気力が戻る、とも、この日の結果からは言えなかった。
この時点で置いておくなら、回復にまわしている、と、気力が湧かないので寝ている、の両方が、同じ一日の中にある。どちらがどれだけだったかは、まだ分からない。


