波のない朝だった。
海まで歩いて戻ってきた。今日はフラットで、サーフィンはできない。釣りをしている人がいて、自分もやってみるかと一瞬思ったが、やはり面倒だった。16時15分から病院がある。14時には家を出る。そのあいだを休日にしようと思ったが、ツーリングも江の島も、気持ちが乗らなかった。
そこで、今日はナイトレインの日にしてもいいかも、と考えた。
記事を書かず、連続で出撃してみようと思った

8時33分には、こう書いていた。
上手くなりたい。そのためのやり方は、その朝は一つに決めていた。プレイ記事は書かない。連続で出撃してみる。万が一、夜の王を倒せてしまったときのために、録画だけしておく。
昨日は、エデレを残り1割弱まで削れて、ほぼ倒せそうだった。あと少し、という感触が、今日の連戦の理由になっていた。
前日の出撃で、どこまで削れて、どこで届かなかったかは、別の記事に残してある。
昨日、月次のタスクを終わらせていた、というのも大きかった。やるべきものを先に片付けたなら、たまには休日と割り切った行動をしてもよさそうだ。
10時18分には、ムカついていた。
上手くなりたくて出したはずなのに、出ているあいだ中、求めていないものと戦っていた。何回出たかは、書いていない。勝ったのか、どの地点で死んだのかも、ここには書いていない。残っているのは、そのあいだで感じたことだ。
ローグライクのランダム性は、求めていなかった

過度なランダム性は、求めていない。
というか、そもそもローグライク的なランダム性は、求めていない。
出撃のたびに条件が入れ替わり、昨日の「あと少し」が、今日の同じ手順にならない。そこに、自分の上達を置きにくい。前から、その感じはあった。今日怒っていたのは、ゲームの進み方そのものが、ローグライクであることだ。
合わない、と感じたこと自体は、前にもあった。あのときは、上達した実感が残りにくいことが問題だ、と書いていた。あの時点では、まだ続けていた。
今日は、その続きを分析して、次の仮説に変える気にはなれなかった。円の収縮で時間制限があるのも、嫌だった。そんなのは求めていない。
ゆっくり戦いたいのに、死ぬと円が縮む

ゆっくり戦いたい。
ソロだと、じっくり戦わないと死ぬ。死ねば、時間を無駄にして、円の収縮が始まる。アイテムを選ぶときも、雑魚を片付けてから選ばないと、横槍を刺される。でも時間がないから、雑魚を片付ける余裕がない。ダメージを喰らって、死ぬ。
ふざけんな、という感じだった。マジでムカつく。
頭の中では、そのループが何度も回っていた。ゆっくりやりたい。でも急がないと円が来る。急ぐと死ぬ。死ぬと、また円が近くなる。慎重にやる余地がなくなったまま手を出すと、また死ぬ。ゆっくりやりたいことと、急がないと終わることが、同じ画面に入っている。
急かされると、いつもの戦い方ができなくなる、という感触は、ソロを始めた頃にも書いている。最初のほうで、すでに当たっていた。
あのときは、まだ始まったばかりの違和感だった。今日は、エデレの残り1割弱まで来た翌日に、同じ違和感が怒りになっていた。近くなったあとも、急かされる戦い方は邪魔なままだった。
「しばらく」と「もうやらない」が同じ時刻にあった

10時22分には、こう書いていた。
プレイ記事も、クレジットの問題で満足に書けない。詰まらない。ナイトレインはしばらく封印する。もうやらない。アンインストールする。
クレジットというのは、文章を作るために使っているAIの利用枠のことだ。出撃を記事にする作業が、枠の都合で満足のいくところまで届かない。遊ぶほうも、残すほうも、途中で詰まる。朝は、記事を書かずに連戦すれば、その詰まりを避けられると思っていた。2時間ほどで、遊ぶこと自体が嫌になっていた。遊ぶことも、残すことも、どちらも途中で止まった。
「しばらく封印する」と「もうやらない」が、同じ時刻にある。
しばらく、なら、戻る余地がある。もうやらない、なら、今日で終わりだ。アンインストールする、は、その終わりを手元の作業にしている。三つの文は、気持ちとしては一本につながっている。意味としては、まだ一つにまとまっていない。この時点では、どちらが本当かも、自分で分けられていない。
アンインストールまで実行したかどうかは、この朝に書いたものには残っていない。残っているのは、そうすると書いたことだ。
分かっているのは、8時33分の「今日は続けて出よう」が、10時22分には持たなかったことだ。次に試すことも、この時点ではない。封印すると書いた直後に、次の出撃目標は置いていない。置く気も、その時刻にはなかった。
NIGHTREIGNのソロ攻略、追跡者・初期大剣での試行錯誤は、こちらにまとめている。



