海まで行って、フラットだった

海まで歩いて、戻ってきた。
朝の時点では、それ以上の予定はなかった。入る日なのか、見て帰る日なのかも、家を出る前には決めていない。着いてみないと、海のほうは分からない。
着いた海は、波がなかった。フラットだった。サーフィンは、できない。
散歩そのものは、そこで一段落した。行って、見て、戻る。波がある日なら、ここから先に入る準備がある。今日は、戻った時点で、海の用が済んでいた。済んだあとに、午前が残っている。
釣りは、候補になった直後に面倒になった

海には、釣りをしている人がいた。竿を出して、同じ海を見ている。こちらは戻るだけなのに、向こうはすでに始まっている。その差が、少し気になった。
改めて、釣りをやってもいいかな、と感じた。
感じた、というより、候補が一つ増えた、に近い。波がないなら、海の使い方を変えればいい。竿なら、フラットでもできる。そう思った時間は、とても短かった。
次に来たのは、やはり面倒だな、だった。
道具を出す。場所を見る。糸を扱う。それから待つ。頭では「やってもいい」まで行っているのに、面倒、が先に勝った。釣りを始めた記録はない。はっきり辞めた宣言もない。候補が、その場で一つしぼんだだけだ。
14時に出るまでの休日

16時15分から、病院の予定があった。そこまでは時間がある。この空きを、何か楽しむ休日にしようか、と思った。
波で遊ぶ日にはできない。それはもう分かっている。だから、別の楽しみを探すほうへ気持ちが動いた。休日にしよう、と思った時点では、中身はまだ空だった。空でも、楽しむ方向にはできる気がしていた。
ツーリングに行ってもいい。バイクなら、海とは別の休日になる。風を受けて、少し遠くを見て、帰ってくる。午前の埋まり方としては、悪くないように見えた。
ただ、14時には家を出ないといけない。病院に間に合わせるための時刻だ。いまから準備して、走って、戻って、出直す。その計算をすると、ちょっと時間が足りない感じがした。
足りない、と分かると、ツーリングの印象が変わった。楽しみに行くというより、時計を見ながら往復する外出になる。行けることと、楽しめることは、この枠だと別だった。
江の島は、名前だけ残った

江の島までツーリングして、参拝する、という案もあった。
距離だけを見れば、なくはない。海を見て、島へ渡って、お参りして帰る。休日の形としては、ちゃんと揃っている。波がない朝の代わりとして、いちばん形になっていた。
なんとなく、気持ちが乗らない。
乗らない理由は、その場では最後まで言葉にならなかった。ツーリングは、時間で落ちた。江の島は、気持ちで落ちた。落ち方は違う。残った感じだけが似ている。
特にすることも、ない。
そう思ったとき、頭に残っていたのは江の島という言葉だった。行くとも、行かないとも決まっていない。名前だけが、空き時間の真ん中に置いてある。
時間があるから、何かできるだろう、とは思っていた。海が今日の本番にならないなら、バイクがある。バイクの時間が短いなら、江の島がある。案は、そうやって後ろに控えている気がした。控えているだけで、どれも今日の行動にはならなかった。江の島、とだけ、もう一度思った。行く準備も、行かない理由の整理も、その先には続かなかった。
波がない朝に、それでも海へ行くことについては、以前も書いている。あのときは、入らなくても海のそばにいることに、意味を置いていた。
今日も、海までは歩いた。フラットだと分かって、戻った。戻ったあとの時間が、今回は長かった。海のそばにいたことでは、この空きは埋まらなかった。
釣り人のことも、前は別の感触で残している。波がない日は、入らなくても、竿を出している人を眺めて帰る。それも海との距離の取り方だ、という話だった。
今日は、眺めて終わる手前で、自分もやってみようか、まで進んだ。進んだ先が、面倒だな、だった。眺めることと、始めることのあいだに、思っていたより段差があった。
病院の時刻で朝が切られる日も、前にある。雨の中を海へ歩いて、向かえていること自体が大事だった朝だ。
今日の海は、雨ではなかった。フラットで、入れる条件ではなかった。歩いて行けたことは、行けた。その先に置こうとした「何か楽しむ」が、14時までの枠に、一つも収まらなかった。
この時点では、休日の中身は決まっていない。サーフィンができないこと、釣りが面倒なこと、ツーリングは時間が足りないこと、江の島には気持ちが乗らないこと。分かったのは、そこまでだ。では何をするのかは、まだ出ていない。
出ていないまま、午前は過ぎ始めていた。


