前輪の「シャリシャリ音」を気にしながら乗り続けていた
少し前から、バイクの前輪付近からシャリシャリという異音が出ていた。
音はいつも鳴るわけではない。聞こえる日もあれば、気にならない日もある。そのため「ブレーキパッドが少し接触しているだけかもしれない」「まだ普通に止まれているから大丈夫だろう」と考え、そのまま乗り続けてしまった。
私にとってバイクは、休日だけに乗る趣味の道具ではない。片道40分ほどかかるアルバイト先への通勤にも使っている、生活を支える移動手段だ。
使えなくなると困る。だからこそ早く修理すべきなのに、実際には「使えなくなると困る」という気持ちが、修理を後回しにする理由になっていた。
修理代だけが電話を重くしていたわけではない
最初は、お金がないことが電話できない理由だと思っていた。
修理に5万円ほどかかるかもしれない。長い時間をかけて貯めた現金を減らしたくない。せっかく減らしているカードの支払いを、また増やすことにも抵抗があった。
けれども、考えを整理していくうちに、それだけではないことに気づいた。
ちょうど1年点検の時期でもあり、オイル交換も長くしていなかった。バイク屋へ持っていくなら、異音の修理と1年点検をまとめてお願いしなければならないと思い込んでいたのだ。
1年点検に出すと、1週間ほどバイクを使えなくなる。その間は電車通勤に切り替えなければならず、通勤時間も延びる。正直に言えば、それが面倒で仕方なかった。
修理代への不安、バイクを預ける不便、電車通勤の面倒さ。それらを一度に考えた結果、電話一本がとても重い仕事になっていた。
緊急の修理と定期点検は分けてもよかった
今回、最も大きな気づきはこれだった。
異音の修理と1年点検は、必ずしも同時に行う必要はない。
前輪の異音は、安全に関わる可能性がある緊急の問題だ。一方、1年点検は重要ではあるものの、日程を調整して別の日に行うこともできる。
私はこの二つを一つの大きな作業にまとめていた。そのため、1年点検を今すぐできない事情が、異音の確認まで止めてしまっていた。
「まず異音だけ診てもらい、点検は後日にする」という選択肢に気づいた途端、判断はずっと簡単になった。
緊急の問題と定期的なメンテナンスを束ねると、負担の大きい方に引っ張られて、両方とも先延ばしになってしまう。これはバイクに限らず、日常のさまざまな場面で起きていることかもしれない。
電話は修理を決める行為ではなく、時間を確保する行為
ようやくバイク屋へ電話をすると、繁忙期で、予約が取れたのは約3週間後だった。
前輪の音について説明すると、ブレーキパッドが減っている可能性があるため、あまり乗らない方がよいと言われた。そこで修理までの通勤は、時間がかかっても電車を使うことにした。
不便ではある。しかし、ブレーキの状態を気にしながら毎回乗るよりは、安全だと判断できるまで使わない方がよい。
そして、ここでもう一つ気づいた。
私は電話をすると、すぐに修理代を支払わなければならないような感覚になっていた。しかし実際には、混んでいるバイク屋では、電話は「今すぐ修理する行為」ではなく「将来の予約枠を確保する行為」だった。
先に予約日を決め、その日までに支払い方法や移動手段を考えればよい。そう理解していれば、最初に異音へ気づいた時点で、もっと軽い気持ちで連絡できたはずだ。
「まだ動く」は安全の証明にならない
以前にも、走行中にバイクから異音が出ていたのに、しばらく乗り続けたことがある。後から確認すると、チェーンが大きく伸び、別の部品へ接触して音が出ていた。
今回も、バイクは動いていた。ブレーキも一応使えていた。しかし、動くことと、安全に使い続けられることは同じではない。
異音は故障の原因を自分で当てるためのクイズではなく、専門家へ相談するための合図なのだと思う。
原因が小石なのか、部品の接触なのか、摩耗なのかは、電話する前に自分で確定しなくてよい。お金が十分にあるか、点検も一緒にできるかという問題も、連絡した後に考えればよい。
バイクの修理費は「安全判断を止めないためのお金」
今後は、バイクの修理や点検に使えるお金として、10万円ほどを確保したいと考えている。
これは単に修理代を払うための貯金ではない。
「お金がないから、もう少し様子を見よう」と安全判断を止めないための余裕だ。
もちろん、すぐに10万円を用意できるわけではない。それでも、異音が出たらその日のうちに連絡するというルールは、今から始められる。
今回の経験で決めたことはシンプルだ。
異音や違和感があれば、費用や点検日程を考える前に、まずバイク屋へ連絡する。
緊急の修理と定期点検は分けて考える。
予約日までの時間で、お金と移動手段を整える。
バイクは、私の行動範囲と働くための足を支えてくれている。
だからこそ、壊れてから直すのではなく、違和感が出た段階で動かなければならない。
今回の長い待ち時間と不便な電車通勤は、そのことを忘れないための授業料になったと思う。