やりたいことが分からない理由
「自分のやりたいことが分からない」
そう感じることがある。
けれど最近、少し違う見方をするようになった。
やりたいことが分からないのではなく、やりたいことに見えるものが多すぎて、判断がぼやけているのかもしれない。
仕事、趣味、副業、生活、将来の不安。
目の前には、いくつもの選択肢がある。
どれを選べば正解なのか。
どれなら成功できるのか。
どれなら人に評価されるのか。
そう考えているうちに、動く前から疲れてしまう。
そして気づけば、何も始めていないのに、もう失敗したような気分になっている。
成功している人は、比較する前に動いている
やりたいことで成功している人を見ていると、ひとつ共通点があるように思う。
それは、他人と比較する間もなく、もう行動していることだ。
もちろん、その人たちも最初から成功を約束されていたわけではない。
最初は誰でも不安だったはずだ。
うまくいくかどうか分からない。
お金になるかどうか分からない。
続けられるかどうかも分からない。
それでも、やってみたい気持ちの方が勝っていた。
だから、行動した。
他人より上手いかどうか。
すでに似たような人がいるかどうか。
今さら始めても遅いのではないか。
そういう比較が頭に浮かぶ前に、手が動いていたのだと思う。
本当にやりたいことには、そういう勢いがある。
比較している時点で、少し距離がある
比較することが悪いわけではない。
現実的に考えることは大切だ。
時間もお金も体力も有限だから、何に力を使うかは慎重に選ぶ必要がある。
けれど、比較ばかりしている時は、その対象との距離が少し遠いのかもしれない。
「これをやったら稼げるだろうか」
「この分野なら勝てるだろうか」
「他人より優位に立てるだろうか」
そう考えている時、関心はいつの間にか、やりたいことそのものではなく、結果や評価の方へ移っている。
もちろん、結果は大事だ。
生活がある以上、お金も必要だ。
けれど、本当にやりたいことは、結果が見えない段階でも、なぜか気になってしまう。
うまくいく保証がなくても、少しだけ触ってみたくなる。
成功するか分からなくても、頭の中で何度も考えてしまう。
そういうものは、比較の外側にある。
リスクを取ってでもやりたいこと
本当にやりたいこととは、成功が保証されていることではない。
むしろ、失敗する可能性があると分かっていても、それでも試したくなることなのだと思う。
もちろん、人生のすべてを賭ける必要はない。
いきなり仕事を辞めたり、大きなお金を使ったりする必要もない。
ただ、自分の時間を少し差し出してでもやってみたい。
眠る前に考えてしまう。
空き時間に調べてしまう。
誰に頼まれたわけでもないのに、少しずつ手を入れてしまう。
そういうものは、自分にとってかなり大事なものなのだと思う。
リスクを取るとは、必ずしも大勝負をすることではない。
「うまくいかないかもしれない」という不確実さを引き受けながら、それでも一歩進めることだ。
やりたいことは、頭ではなく行動に出る
やりたいことは、頭で考えてもなかなか分からない。
「自分は何がしたいのか」と考え続けても、答えは出ないことが多い。
むしろ、日々の行動に出ている。
疲れていても、なぜかやってしまうこと。
すぐにお金にならなくても、気になってしまうこと。
他人に褒められなくても、少しずつ改善したくなること。
それが、自分にとってのやりたいことに近いのかもしれない。
逆に、いくら条件が良くても、心が動かないものもある。
稼げそう。
評価されそう。
人から見れば合理的。
それでも、なぜか続かない。
その場合、足りないのは根性ではなく、自分の内側との接続なのかもしれない。
成功より先に、続けたい気持ちがあるか
何かを始める時、成功できるかどうかを考えてしまう。
でも、本当はその前に見るべきことがある。
それは、成功する前から続けたいと思えるかどうかだ。
結果が出るまでには時間がかかる。
誰にも見られない時期もある。
思ったより反応がないこともある。
そんな時でも、少しずつ続けられるものは強い。
なぜなら、それは外からの評価だけで動いていないからだ。
自分の中に、やる理由がある。
やりたいことで成功している人は、おそらく最初から成功を確信していたわけではない。
ただ、続ける理由が自分の中にあった。
だから、結果が出る前の時間を耐えられた。
比較をやめると、自分の動きが見えてくる
他人と比較していると、自分の小さな動きが見えなくなる。
あの人はもっと稼いでいる。
あの人はもっと評価されている。
あの人はもっと早く結果を出している。
そう見えてしまう。
けれど、自分の人生は、他人の進捗表では測れない。
自分が今日、何に時間を使ったのか。
何を考え続けているのか。
何なら失敗しても、もう一度やり直したいと思えるのか。
そこに、自分の本音が出る。
やりたいことは、他人との比較では見つからない。
むしろ、比較を少し脇に置いた時、自分がすでに動いている方向が見えてくる。
本当にやりたいことは、もう始まっている
本当にやりたいことは、ある日突然、完璧な形で見つかるものではないのだと思う。
気づいたら調べている。
気づいたら考えている。
気づいたら少しだけ手を動かしている。
その積み重ねの中で、少しずつ形になっていく。
だから、「自分のやりたいことは何だろう」と考えるよりも、
自分は、何なら失敗する可能性があっても触り続けているのか。
そう問い直した方が、答えに近づける気がする。
成功するかどうかは、最初は誰にも分からない。
けれど、リスクを取ってでも試したくなること。
他人と比較する前に、気づいたら動いていること。
それが、本当にやりたいことなのだと思う。
そして、そういうものを持てた人生は、たとえ思い通りにいかなくても、自分の人生として積み上がっていくのだと思う。