仕事の疲れは作業量だけではない。職場のテンションに消耗した日に気づいたこと

労働と現実

先日、アルバイトの日に寝坊してしまった。

目を覚ました瞬間、時計を見て血の気が引いた。今からいつもどおり風呂に入り、食事を用意してから出発すれば、かなりの遅刻になる。

寝坊をした事実は変えられない。それでも頭の中では、「少しでも普段どおりに準備してから行きたい」という気持ちが動いていた。

おそらく私は、遅刻するだけでも申し訳ないのに、身だしなみまで不十分な状態で職場へ向かうことに抵抗があったのだと思う。

しかし、そこで優先すべきなのは、自分の気持ちを整えることではなかった。

まず職場へ連絡し、事情を説明する。到着予定時刻を伝え、最低限の準備だけで家を出る。朝食は移動中に買えばいい。

当たり前のように見える判断だが、失敗した直後は、その当たり前が意外と難しい。

失敗すると、必要以上に埋め合わせたくなる

遅刻をすると、強い罪悪感が生まれる。

せめて勤務中は誰よりも動かなければならない。迷惑をかけた分、帰宅後も何か有意義なことをしなければならない。

そんなふうに、ひとつの失敗を、その後の頑張りで埋め合わせたくなる。

私には以前、仕事で無理を重ね、心身の調子を崩した経験がある。それでも、失敗したと感じた瞬間には、昔と同じように自分を追い込もうとする考えが顔を出す。

だが、遅刻したことへの対応と、その後に自分を罰することは別の話だ。

必要なのは、謝罪し、連絡し、できる範囲で仕事をすること。それ以上に自分を消耗させても、遅刻した事実が消えるわけではない。

幸い、その日は遅れながらも職場へ入り、最後まで勤務することができた。

それだけで、その日の最低限の責任は果たしている。

仕事の疲れは、作業量だけでは測れない

その日は、いつもとは少し違う職場で働いた。

若い人が多く、声かけも動作も速い。全体的に勢いがあり、仕事中のテンションが高かった。

作業そのものは、極端に重かったわけではない。身体だけを見れば、もっと大変な現場を経験したこともある。

それでも、職場の空気に合わせ続けることには、別の疲れがあった。

周囲が速く動けば、自分も遅れないように動く。大きな声が飛び交えば、それを聞き逃さないように神経を張る。若い人たちの勢いに水を差さないよう、自分なりにテンポを合わせる。

こうした負荷は、持ち上げた荷物の重さや歩いた距離のように数字では表せない。

けれど、確実に身体の内側を消耗させる。

私は人の表情や声の調子、場の空気を強く受け取りやすい。以前は、それを単なる弱さだと思っていた。

しかし今は、周囲が気づかない変化まで感じ取れる性質でもあると思っている。

ただし、感じ取れることと、疲れないことは別だ。

見える情報が多い人ほど、それを処理するために使う力も多くなる。

帰宅直後に元気でも、疲れていないとは限らない

意外だったのは、勤務を終えた直後、それほど強い疲労を感じなかったことだ。

むしろ帰宅後にも、少し仕事を進められそうな気がしていた。

ただ、これは本当に余力が残っていたのか。それとも、職場の高いテンションが身体に残り、まだ興奮状態から下りていなかっただけなのか。

過去を振り返ると、「今日は意外と元気だ」と感じて動き続けた翌日に、一気に疲れが出たことが何度もある。

仕事中は緊張感によって動けてしまう。

帰宅しても、すぐにはスイッチが切れない。疲労を感じる前に、次の作業へ手を伸ばすこともできる。

だからこそ、その瞬間の元気さだけで判断しないほうがいい。

大きな仕事を始めるのではなく、短時間で終えられることだけにする。食事を取り、風呂に入り、少し休んでから体調を確かめる。

何もしない時間も、翌日へつなぐための行動だと思うようになった。

自分を守ることも、働き続けるための責任

働いていると、頑張ることばかりが責任のように感じる。

遅刻をしない。周囲に合わせる。疲れていても最後まで動く。迷惑をかけたら、それ以上に働いて返す。

もちろん、仕事には責任がある。

だが、自分を壊さないことにも責任がある。

一日の失敗を理由に、その日の残りすべてを罰へ変えない。身体の疲れだけではなく、場の空気に合わせたことで生まれる疲れにも目を向ける。

これは甘えではない。

自分がどのような環境で消耗しやすいのかを知り、長く働くために調整することだ。

その日は寝坊から始まり、いつもとは違う職場の空気の中で働いた。

決して理想的な一日ではなかった。それでも、連絡をし、職場へ向かい、最後まで仕事を終えた。

失敗した日を、さらに自分を傷つける日にする必要はない。

うまくできなかったことを認めながら、それでも今日できたことを数える。

働き続けるためには、そうやって自分を立て直す力も必要なのだと思う。

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