縛りプレイは不自由ではなかった。『NIGHTREIGN』初期大剣縛りで気づいた「選ばない強さ」

ゲームと思考

最近、『ELDEN RING NIGHTREIGN』をソロで遊んでいる。

しかも普通に攻略するのではなく、追跡者が最初から持っている大剣を最後まで使う、いわゆる「初期大剣縛り」だ。

縛りプレイという言葉には、どうしても「自分からゲームを難しくする」という印象がある。強い武器を使わない。便利な手段を封印する。普通なら避けられる苦労を、わざわざ引き受ける。

実際、この遊び方は簡単ではない。

それでも続けているうちに、意外なことに気づいた。

制限があるからこそ、迷わなくて済むことがある。

これはゲームだけではなく、仕事や人生にも少し似ている気がした。

強い武器を探さなくていい

NIGHTREIGNでは、毎回同じ装備が手に入るわけではない。

運が良ければ強力な武器に出会えるし、思うような武器が見つからないまま時間だけが過ぎることもある。

普通に攻略しているなら、

「もう少し武器を探した方がいいのではないか」

「こっちの武器へ持ち替えた方が強いのではないか」

「次の拠点まで行けば、もっと良い装備が出るかもしれない」

と考えることになる。

ところが初期大剣縛りでは、この迷いがほとんどない。

使う武器は最初から決まっている。

だから考えることは、

どうやって初期大剣を早く強化するか。

ほぼそれだけになる。

強い武器が出るまで探し回る必要もない。武器の性能を比較する必要もない。

最初は「選択肢を捨てている」と思っていた。

でも実際には、選択肢を捨てたことで、攻略方針がずっと明確になった。

毎回同じ武器だから、経験が積み上がる

もう一つ大きな利点がある。

毎回同じ大剣でボスと戦うため、戦闘経験が蓄積されやすい。

攻撃速度も同じ。
リーチも同じ。
攻撃後の隙も同じ。

「あの攻撃を避けたあとなら一発入れられる」

「ここで二発目まで欲張ると反撃される」

「この距離なら攻撃が届く」

そうした小さな感覚が、一戦ごとに身体へ残っていく。

強い武器へ次々と持ち替えていたら、武器性能によって戦い方も変わる。

しかし同じ武器を使い続ければ、変わるのは自分の技術だけだ。

昨日まで苦戦していた敵を、今日は少し余裕を持って倒せる。

その変化が分かりやすい。

それが、とても楽しい。

制限は「苦しさ」だけを増やすものではない

これは少し意外だった。

縛りプレイを始めたときは、当然デメリットばかりだと思っていた。

強い武器を使えない。
火力が足りない。
低いレベルでボスへ入ることもある。

普通の攻略より不利になる場面は確実にある。

でも、その代わりに、

武器運へ依存しない攻略を作れる。

という強みが生まれる。

「強い武器を引いたから勝てた」ではなく、

「この武器なら、この順番で強化して、このくらいのレベルがあれば戦える」

という再現性を作ることができる。

運が悪い回でも、やることが分からなくならない。

これはかなり安心感がある。

選択肢が多いほど自由とは限らない

ゲームをしながら、仕事でも似たことがあると思った。

世の中には、いくらでも方法がある。

もっと効率的な仕事のやり方。
もっと稼げる方法。
もっと優れたツール。
もっと成功している人の方法。

調べれば調べるほど、選択肢は増えていく。

そして選択肢が増えるほど、

「もっと良い方法があるのではないか」

と探し続けることもできる。

けれど、本当に成果を生むのは、常に最高の方法を探し続けることではなく、一つの方法を使い込み、自分なりの精度を上げることなのかもしれない。

もちろん、間違った方法へ固執する必要はない。

ただ、毎回武器を持ち替えていたら、いつまでたっても武器の扱いそのものは上手くならない。

ある程度のところで、

「今回はこれで行く」

と決める。

その決断によって初めて、練度を積み上げられることがある。

自分の武器を育てればいい

初期大剣縛りは、依然として難しい。

良い装備が出ても使えないし、普通なら簡単に突破できる場面で苦戦することもある。

それでも今は、以前ほど「不利なだけの遊び方」とは思わなくなった。

むしろ、

何を探すかではなく、何を育てるかが明確になる遊び方

なのだと思っている。

人生でも、すべての選択肢を持つ必要はないのかもしれない。

誰かにとっての最強武器が、自分にとって扱いやすいとは限らない。

それよりも、自分が信じられる武器を一本決めて、何度も使いながら少しずつ精度を高めていく。

時間はかかるかもしれない。

もっと簡単な攻略法もあるかもしれない。

それでも、自分で扱い方を理解した武器なら、状況が変わってもまた戦える。

初期大剣縛りを始めたときには、そんなことまで考えるとは思っていなかった。

不自由だと思っていた制限の中に、意外な自由があった。

「もっと強いものを探さなくてもいい」と決められる自由だ。

そう気づいたら、この縛りプレイが少しだけ優しく見えるようになった。

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