頑張った自分へのご褒美は「物を買うこと」ではなく、好きな時間を取り戻すことだった

人生と仕事

雨の中で、身体を使う仕事を一日頑張った。

帰宅した時、いつもより疲労が少なく感じられた。移動中に少し眠れたことが大きかったのかもしれない。普段なら、家に着くとそのまま横になり、気づいたら眠っていることが多い。

けれど、その日はお風呂に入る気力も残っていた。

雨と汗でべたついた身体を洗い流しながら、今日はよく頑張ったと思った。

そこで、頑張った自分に何かご褒美を用意したくなった。

ところが、何を選べば本当にうれしいのかを考えてみると、意外と答えが見つからなかった。

頑張った自分へのご褒美が思いつかない

「自分へのご褒美」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、少し高い食事やスイーツ、洋服、趣味の道具などだと思う。

しかし、私は甘いものがそれほど好きではない。

好きでもないものを「頑張ったから」と食べても、ご褒美にはならない。

買い物についても、今はあまり気が向かなかった。

返済を優先しているため、手元のお金には余裕がない。何かを買った瞬間は楽しくても、その後に「今、この出費は必要だったのだろうか」と考えてしまう。

それでは、ご褒美のはずが心理的な負担になってしまう。

必要な生活用品であれば買う。しかし、ご褒美という理由で物を増やすことは、現在の自分にはあまり合っていないようだった。

自分にとって本当にうれしいことは何だろう

改めて、何をしたいのか考えてみた。

ゲームを進めたい。

運営している旅行メディアの記事も改善したい。

翌日に波があれば、サーフィンにも行きたい。

昔遊んでいたオンラインゲームについて調べ、当時の記憶を辿るのも楽しそうだった。

そこで気づいた。

私が欲しかったのは、何か新しい物ではない。

誰にも邪魔されず、自分の好きなことを選べる時間だった。

仕事では、決められた時間に決められた場所へ行き、自分の身体と時間を差し出す。

それによって生活費を得ているので、働くこと自体には意味がある。

しかし、仕事が終わった後まで身体の痛みや疲労に支配されると、自分の時間が戻ってきた感じがしない。

だから、帰宅後に少しでも自分の好きなことができる日は、それ自体が大きな報酬になるのだと思う。

好きな仕事をする時間も、ご褒美になり得る

この日の私は、ゲームだけでなく、旅行メディアの記事を書き直す作業もしたかった。

一般的には、仕事の後にさらにパソコンへ向かうことを「働きすぎ」と感じる人もいるかもしれない。

けれど、同じ作業でも、意味はまったく違う。

アルバイトは生活を維持するための仕事だ。

一方、自分で運営しているメディアは、自分の経験や考えを積み上げ、将来の収入につなげるための活動である。

誰かに命令されているわけではない。

今日は記事を直すのか、ゲームをするのか、何もしないのか。その選択権が自分にある。

そのため、記事のリライトも「やらなければならない作業」ではなく、「今、進めたいこと」になっていた。

好きなことは、必ずしも娯楽だけではない。

自分で選び、自分の未来につながっていると感じられる作業も、十分に楽しい時間になり得る。

普段から自分にご褒美を与えていた

考えてみると、私は時間とエネルギーが残っている時、いつも好きなことをしている。

波があれば海へ行く。

ゲームの収集要素を少しずつ進める。

旅行の記事を改善する。

AIと対話しながら、頭の中にある考えを整理する。

昔遊んでいたゲームの情報を調べ、懐かしい記憶を辿る。

特別なご褒美を用意しなくても、普段の自由時間そのものに、すでに多くのご褒美が含まれていた。

お金に余裕があるわけではない。

身体を使う仕事の後は、足や腰が痛くなり、やりたいことができない日もある。

将来に対する不安も、完全になくなったわけではない。

それでも、自分の時間を何に使うかについては、かなり自由がある。

そう考えると、自分は案外、幸せな生活をしているのかもしれないと思った。

自分へのご褒美は、自分を雑に扱わないこと

この日も、時間が経つにつれて足が痛くなり、パソコンの前に座っていられなくなった。

記事のリライトも、ゲームも続けられなかった。

以前なら、まだ頭は動くのに身体がついてこないことを、もったいなく感じていたと思う。

しかし、その日はすでに十分頑張っていた。

雨の中で一日働いた。

帰宅後に風呂へ入った。

先送りしていた仕事を処理した。

旅行メディアの記事も少し進めた。

そこで身体を使う活動は終わりにして、布団に横になったまま、昔遊んでいたオンラインゲームについて調べることにした。

何か大きな成果を出す必要はない。

新しい物を買う必要もない。

今日はもう十分やったと認め、自分が心地よく過ごせる時間へ切り替える。

それも、自分へのご褒美なのだと思う。

頑張った日のご褒美は、必ずしも高価な物や特別な食事でなくていい。

人によっては、静かに本を読むことかもしれない。

好きなゲームをすることかもしれない。

作りかけの作品を進めることかもしれない。

何も予定を入れず、自分の気持ちに従って過ごすことかもしれない。

大切なのは、世間でご褒美と呼ばれているものを選ぶことではない。

今の自分が、本当に取り戻したいものは何か。

そう考えると、私の場合の答えは物ではなかった。

仕事へ差し出していた時間を、自分の人生へ戻すこと。

その時間を、自分の好きなことに使えること。

それが今の私にとって、いちばん満足できるご褒美だった。

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