なぜ大人になると「クリッカーゲーム」にハマるのか。積み上がる数字に救われる理由

人生と仕事

「Crush Crush」に思った以上にハマっている

最近、「Crush Crush」というクリッカーゲームにかなりハマっている。

最初は軽い気持ちで始めた。
どうせ少し触って終わるだろうと思っていた。

でも気づけば、毎日のように起動している。

自分でも少し不思議だった。

アクションゲームやRPGは、一気に集中して遊ぶことはあっても、毎日長く続くとは限らない。
でもクリッカーゲームだけは、昔から妙に長続きする。

しかも、大人になってからの方がハマるようになった気がする。

なぜなのだろうと考えてみた。

数字が積み上がる感覚が気持ちいい

クリッカーゲームは基本的に単純だ。

クリックする。
数字が増える。
効率化する。
さらに数字が増える。

やっていることだけ見ると、かなり地味だと思う。

でも不思議と楽しい。

最初は「数字が増えるのが気持ちいいだけかな」と思っていた。
でも最近は、もう少し違う気がしている。

たぶん自分は、

「行動した結果が、ちゃんと返ってくる」

感覚に安心しているのだと思う。

クリッカーゲームでは、最適解じゃなくても、とりあえず何かしら積み上がる。

クリックすれば増える。
放置すれば少し進む。
強化すれば効率が上がる。

つまり、

  • 行動
  • 結果
  • 成長

の流れが、とても分かりやすい。

これが気持ちいい。

大人になると、「正しい行動」が分からなくなる

子どもの頃や学生時代は、比較的「正解」が分かりやすかった。

勉強すれば点数になる。
練習すれば記録になる。
努力すれば、何かしら評価される。

もちろん現実は単純ではないけれど、それでも「頑張れば結果が返る」という感覚は今より強かった気がする。

でも大人になると、それが急に曖昧になる。

特に独立して仕事をするようになると、正解が見えにくい。

頑張ったからといって、成果が出るとは限らない。
良いものを作ったから売れるわけでもない。
正しい努力をしたつもりでも、反応がないことも普通にある。

自分は独立して20年以上になる。

Web制作をして、サイトを作って、企画を考えて、文章を書いて、SEOを調整して。
いろいろなことをやってきた。

でも振り返ると、

「これをやったから、必ずこう返ってきた」

という経験は、実はかなり少ない。

むしろ、

  • やってみる
  • 反応がない
  • また別のことをやる
  • 少し反応がある
  • 理由はよく分からない

みたいなことの繰り返しだった。

「空中に石を投げる感覚」が続いていた

最近、自分の中でしっくりきた表現がある。

それは、

「空中に石を投げて、何かに当たるのを待っている感覚」

というものだ。

独立してからの仕事って、結構これに近い。

石を投げる。
でも、どこへ飛んでいくか分からない。
何に当たるかも分からない。
そもそも当たっているのかすら分からない。

もちろん、続けていれば何かに当たることもある。

でも、それがなぜ当たったのか、完全には理解できない。

だから疲れる。

努力不足とも違う。
能力不足だけでもない。
ただ、「世界からの返答」が曖昧なのだ。

その状態が長く続くと、人は少しずつ「行動と結果の繋がり」を信じにくくなる気がする。

だからゲームの「分かりやすい反応」に救われる

その点、クリッカーゲームはすごく正直だ。

クリックした。
増えた。

強化した。
効率が上がった。

放置した。
数字が増えていた。

世界がちゃんと反応を返してくれる。

これは、実はかなり安心感がある。

しかも、完全な失敗が少ない。

最適ではなくても、少しずつ前へ進む。
積み上がる。
増えていく。

この「積み上がる感覚」が、自分はかなり好きなのだと思う。

最近の自分は、

  • ブログ記事
  • 投稿予約
  • Webサービス制作
  • Obsidian整理
  • ゲームのトロコン

みたいに、「積み上げ型」のものへかなり強く惹かれている。

全部に共通しているのは、

「前進が見える」

ことだ。

人は「結果」そのものより、「返答」を求めているのかもしれない

最近思うのは、人って本当は「成功」だけを求めているわけではないのかもしれない、ということだ。

もちろん成果は欲しい。
お金も欲しい。
評価も欲しい。

でも、それ以前に、

「自分の行動に対して、世界がちゃんと返答してくれる」

感覚を求めている気がする。

何かをした。
少し変わった。
少し進んだ。

その感覚があるだけで、人は意外と前へ進める。

逆に、一生懸命やっても何も返ってこない状態が続くと、人はかなり消耗する。

だからゲームって、単なる娯楽ではないのかもしれない。

少なくとも自分にとっては、

「行動すれば、世界が反応してくれる」

という感覚を、もう一度思い出させてくれる場所でもある。

現実でも「積み上がる感覚」を作りたい

最近、自分がKPIや投稿予約をかなり重視しているのも、たぶん同じ理由だと思う。

記事が1本増える。
予約日が伸びる。
サイトが少し形になる。
デモページが完成に近づく。

それだけでも、「ちゃんと積み上がっている」という感覚が生まれる。

現実はクリッカーゲームほど単純ではない。
クリックすれば収益が増えるわけでもない。

でも、それでも。

何も見えないまま頑張り続けるより、少しでも「進んでいる感覚」を可視化した方が、人は長く動けるのだと思う。

たぶん自分は、「数字」が好きなのではない。

積み上がった数字によって、

「今日の行動は、ちゃんと意味があった」

と確認できることが好きなのだ。

だから今日も、また少しだけゲームを開いてしまう。

クリックする。
数字が増える。

その単純な反応が、思っている以上に心を安心させてくれるからだ。

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