一人で海に入る怖さを越えて気づいた、サーフィンで本当に大切な「上がる判断」

サーフィンと生活

一人で入れるようになりたいと思っていた

私には、いつも波を見に行く近所のサーフポイントがある。

家から近く、これからも長く通いたい場所だ。しかし、そこはいつ行っても多くの人でにぎわっているようなポイントではない。波が小さい日には誰も入らず、地元の上手なサーファーが数人だけ入っていることも多い。

私はしばらくの間、「ほかに誰もいなかったらどうしよう」と考え、入るのを見送ることがあった。

海では何が起きるか分からない。流されるかもしれないし、急に体力がなくなるかもしれない。誰もいない状況を怖いと感じるのは、決して不自然なことではないと思う。

それでも、ここを自分のホームポイントとして通っていくなら、誰かが先に入るのを待つだけではなく、自分で海を見て、自分で安全を判断する経験が必要だと感じていた。

人がいる場所が安全とは限らない

その日の早朝、海へ行くと、すでに数人のサーファーが入っていた。

それなら安心して同じ場所へ入ればよいようにも思える。しかし、彼らがいる場所には、私には少し強い波が続けて入っていた。

上手な人にとって楽しい場所が、今の自分にとって安全とは限らない。

誰かが入っているという安心感だけで同じ場所を選べば、自分の体力や技術を超える可能性がある。私は少し離れた、波が弱く穏やかな場所を選ぶことにした。

結果として、ほかのサーファーは見えるものの、自分が選んだ場所には誰もいなかった。

完全に無人の海へ一人で入ったわけではない。それでも、自分の周囲では一人だった。これまで避けてきた状況に、ようやく半歩ほど踏み込んだ感覚があった。

海の中では、陸から見た波より大きく感じる

陸から見ていたとき、波はそれほど大きく感じなかった。

ところがボードに乗り、海面と同じ高さから沖を眺めると、迫ってくる波は思っていたより大きく見えた。

海岸からは全体を見渡せる。しかし、海の中では視界の多くを波が占める。自分の身体が水面近くにあるため、同じ波でも圧力や高さを強く感じるのだと思う。

この違いは、実際に入らなければ分からない。

「陸から見て大丈夫そうだった」という判断だけでは不十分で、海へ入ったあとに改めて、自分が対応できる状態かを確認する必要がある。

私は陸上の建物や目印を何度も見ながら、自分の位置が横へ動いていないか確認した。幸い、流されている様子はなく、落ち着いて波を待つことができた。

2本立てたことより、上がると決められたこと

30分ほどの間に、セットの波へ3回ほど挑戦した。そのうち2本では立ち上がることができた。

すぐに転んでしまったので、技術的にはまだまだだ。それでも、久しぶりに海へ入り、波の上に立てたことは素直にうれしかった。

一方で、途中から手にしびれを感じるようになった。

これまでサーフィン中に経験したことのない感覚だった。まだ動けるし、もう少し続けることもできそうだった。それでも私は、その時点で上がることにした。

体力をすべて使い切ってから岸へ戻ろうとしても遅い。帰るためのパドルや、予想外の波へ対応する力まで残しておかなければならない。

家に戻ってシャワーを浴びたとき、両腕が想像以上に疲れていることに気づいた。海の中ではまだ余裕があると思っていたが、実際にはかなり消耗していたらしい。

あのまま続けていたら、途中で急に力が入らなくなっていた可能性もある。

サーフィンでは、波に乗る判断だけでなく、まだ余裕があるうちに上がる判断も技術の一部なのだと実感した。

パドル力は、楽しむためだけでなく命を守る力

今回、以前なら乗れたと思う波へ、十分に追いつけない場面が何度もあった。

自分のパドル力が落ちていることを、はっきりと感じた。

パドル力があれば、波へ合わせやすくなる。沖へ移動する負担も減り、流れで位置がずれたときにも戻りやすくなる。そして何より、危険を感じたときに自分の力で岸へ帰れる可能性が高くなる。

プールで泳ぐことを、これまではサーフィンを上達させるための練習だと考えていた。

けれども今回からは、少し意味が変わった。

泳ぐことは、たくさん波に乗るためだけではない。海の中で判断する時間と、無事に帰るための余力を増やすことでもある。

自分の命を守るための基礎体力として、もっと大切に取り組みたいと思った。

半分でも、確かに前へ進めた

目標にしていた「一人で海へ入る」は、完全に達成したわけではない。遠くにはほかのサーファーもいたので、心理的な安心感はあったと思う。

それでも私は、誰かの後ろについて入ったわけではなかった。

自分で海を見て、自分に合う場所を選び、流れを確認し、身体の異変に気づき、自分で終了を決めて戻ってきた。

波に長く乗れたわけでも、華やかなサーフィンができたわけでもない。

けれども、その日の30分には、これから一人で海と向き合うために必要な経験が詰まっていた。

サーフィンの上達は、立てた本数だけでは測れない。

無理をしない場所を選べたこと。自分の位置を確認できたこと。そして、まだ動けるうちに上がれたこと。

それらを含めて、私はこの日のサーフィンに十分な合格点をつけたいと思う。

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