「今日はちょっと行きたくない」と感じる朝がある
今日は朝10時に起きた。
昨日はなかなか眠れず、結局、朝方になってからようやく眠りについた。
起きた瞬間から、「今日はちょっとバイトへ行きたくないな」という感覚があった。
もちろん、本当に限界で動けないわけではない。
着替えて、風呂に入って、仕事へ行こうと思えば行ける。
でも、身体の奥のほうに、じわっとした疲労感が残っている。
最近、少しずつ生活の雑務が滞り始めている。
洗濯。
細かい片付け。
ログ整理。
返していない連絡。
頭の中で「やらなきゃな」と思っているものが、少しずつ積み重なっている感覚がある。
こういう時、自分は「ああ、疲れが溜まり始めているな」と感じる。
モンスターを買いに行く朝
今日は、とりあえずモンスターを買いに外へ出た。
徒歩で、自動販売機まで向かう。
最近、自分の中で、この行動が「起動スイッチ」みたいになっている。
もちろん、健康的な習慣とは言えないのかもしれない。
でも、身体がまだ半分眠っていて、神経が起動しきっていない朝に、少し強引にエンジンをかける装置として機能している。
面白いのは、モンスターを飲むと、お腹が動き始めることだ。
実際、今日も飲んでしばらくすると便意が来た。
今はトイレに座りながら、この文章のことを頭の中で整理している。
こういう話って、わざわざ人に言うことではないのかもしれない。
でも、自分の中では結構大事だったりする。
バイト前にしっかり排泄できると、かなり気分が違う。
身体の中に残っていたものが外へ出ると、少し「現場へ向かえる状態」に近づく感じがある。
「働けない」ではなく、「神経が疲れている」
最近、自分の疲労って、単純な肉体疲労だけではない気がしている。
もちろん、立ち仕事も多いし、体力は使う。
でも、それ以上に大きいのが、「神経疲労」に近いものだ。
接客。
周囲への気遣い。
空気を読むこと。
人のテンションに合わせること。
忙しい厨房やホールの流れ。
そういうものが、少しずつ積み重なっていく。
しかも最近は、仕事だけではなく、仕事のあとにも頭を使っている。
AIと会話しながら文章を書いたり、サイトを更新したり、考え事を整理したり。
一日が終わっても、脳のどこかが完全には停止していない。
だから最近の疲労って、「今日は疲れたな」というより、
“ずっと細かく起動し続けている”
感じに近い。
「休みたい」は、怠けとは少し違う
昔の自分だったら、「休みたい」と感じること自体に少し罪悪感があった。
もっと頑張れるんじゃないか。
みんな働いているんだから。
これくらい普通なんじゃないか。
そんなふうに、自分の感覚を後回しにしていた。
でも最近は、「休みたい」という感覚を、もう少し構造的に見るようになってきた。
例えば最近は、
- 雑務が滞る
- 片付けが後回しになる
- 判断が重くなる
- 起動に時間がかかる
- 睡眠リズムが崩れる
- 「行きたくない」が増える
みたいなサインが少しずつ出ていた。
こういう時って、多分、「気合いが足りない」というより、
“回復が追いついていない”
状態なんだと思う。
デザインフェスタへ行きたかった
今日は、本当はデザインフェスタへ行きたかった。
いろんな人の作品を見たり、空気を感じたり、そういう場所へ行きたい気持ちがあった。
でも今日は仕事だ。
仕方ない。
もちろん、仕事をサボって行こうとは思わない。
でも最近、自分の中で少し感じていることがある。
それは、「生産性」だけで生活を埋め尽くすと、少しずつ感覚が痩せていくということだ。
最近の自分は、
- SEO
- 更新
- 効率
- 収益
- タスク
- KPI
みたいなものを、かなり強く意識している。
それ自体は悪いことではない。
実際、今は生活を成立させるために必要な部分でもある。
でも、人が何かを作っている場所や、熱量のある空間へ触れたくなる時がある。
多分それって、「結果」ではなく、
“人間のエネルギーそのもの”
を見たくなる感覚なんだと思う。
「休む」は、止まることではない
今、少し考えている。
明日、休もうかな、と。
もちろん、まだ完全には決めていない。
でも最近感じるのは、「休む」というのは、単純に何もしないことではないということだ。
洗濯をする。
部屋を少し整える。
ログを整理する。
ゆっくり風呂へ入る。
ちゃんと眠る。
そういうことを通して、「自分の生活へ戻っていく感覚」を取り戻すことなのかもしれない。
特に今の自分は、働くことだけで人生が完結していない。
AI。
文章。
サイト。
海。
考え事。
いろんなものが並行して存在している。
だから最近は、
“仕事だけで全部の神経を使い切らない”
ことが、かなり重要になってきている気がする。
「今日は行きたくない」の中にも、本音がある
多分、人って本当に限界になると、「疲れた」とすら言えなくなる。
ただ動けなくなる。
だから最近は、「今日はちょっと行きたくないな」という感覚を、以前よりちゃんと見るようになった。
もちろん、毎回それを優先していたら生活は回らない。
でも逆に、全部無視していると、どこかでまとめて崩れる。
今日は、モンスターを飲んで、排泄して、風呂へ入って、これから仕事へ向かう。
ちゃんと現実へ向かっている。
でも同時に、「そろそろ少し休みたい」という感覚も、自分の中ではかなり本物なんだと思う。
最近は、その小さいサインを、完全には無視しないようにしたいと思っている。