ここのところ、思いがけないことが続いて、作業がうまく前へ進まない。
悪いことが続いているのを、自分で意識しすぎているだけかもしれない。そう考えてみても、気分はあまり良くならなかった。
そんな午後、回転寿司の厨房で使っている機械を、また壊してしまったかもしれない、という不安が頭から離れなくなった。
注意していたはずなのに、また同じところだった

以前にも、同じ機械を壊してしまったことがある。そのときに注意されたので、次からは気をつけようと思っていた。
気をつけていたつもりだった。それでも、また同じところだった。
この時点では、本当に壊れたのかは分かっていない。「壊した」ではなく、まだ「壊した可能性がある」という段階だ。
それなのに気持ちは、すでに店へ損害を与えた前提で落ち込んでいた。
今日の出勤を想像すると、身体が重くなる。「悲しい」という言葉が先に出た。店に着く前から、シフトを終えたあとのように疲れていた。
忙しい厨房がつらい、という話とは少し違う。以前、注文に追われ続ける厨房では、体力より神経のほうが削られると書いた。
今日の重さは、忙しさそのものではない。
失敗したかもしれない自分を抱えたまま、店へ入らなければならない。そのことが重かった。急かされる前から、すでに疲れている。
辞めたい。でも、一時的な気持ちかもしれない

同じミスを二度して、店へ損害を与えたのかもしれない。そう考えると心が痛い。
回転寿司のバイトを辞めたくなってきた。今日の出勤は、本当に気が重い。
ただ、自分でも、この気持ちは一時的なものかもしれないと思っていた。
以前から、自分の仕事の売上が増えたら、アルバイトを減らしたいとは考えていた。問題は、複数あるバイトのうち、どれを先に減らすかだった。
厨房の仕事は神経を使う。それでも、この日までは「ここを先に減らそう」とまでは決めていなかった。
いまの気持ちだけを見るなら、厨房を減らしたい。しかし、それは同じ失敗をしたかもしれない直後だから、強く感じているだけなのかもしれない。
出勤を終えたあとも、同じことを考えているかは分からなかった。
失敗したあと、必要以上に頑張って埋め合わせようとする自分がいることも知っている。以前、遅刻した罪悪感から、その日の残りまで罰のように使ってしまったことがある。
今日も、それに近いものが混ざっている気がする。
損害を埋め合わせたいのか。もう店へ行きたくないのか。自分でも、まだ一枚の気持ちにはなっていなかった。
良い知らせがあっても、重さは消えなかった

同じ日の昼過ぎ、自分で続けている仕事に9万円ほどの申し込みが入った。そこから手元に残るのは、2万円くらいという計算だった。
悪いことばかりだと思っていた日に、嬉しい知らせが来た。
数字としては助かる。アルバイトを減らす条件として考えていた「自分の仕事からの収入」が、実際に発生したことになる。
少しは気分が軽くなると思った。
ところが、厨房へ向かう気持ちの重さは抜けなかった。
嬉しいことと、行きたくない気持ちが、同じ午後に並んだだけだった。良い知らせがあれば、悪い気分は上書きされると思っていたので、これは少し意外だった。
アルバイトを、将来の収入が育つまでの足場として考えるようになった経緯は、以前の記事に書いている。
一件の申し込みが入ったことと、毎月安定して勤務を減らせることは同じではない。
それに、失敗したかもしれない直後に「売上も入ったから辞めよう」と結ぶのも、少し早い気がした。
まだ、辞めるとは決めていない

この時点で分かっていたのは、ここまでだった。
注意していた機械を、また壊したかもしれない。今日の出勤が重い。厨房のバイトを減らしたい気持ちは強い。
一方で、自分でも一時的な感情かもしれないと思っている。自分の仕事に申し込みが入っても、気分ははっきり良くならなかった。
辞めるかどうかは、今日の重さだけでは決めない。
出勤を終えたあとも同じように感じているのか。機械は本当に壊れたのか。まずはそこを見なければ分からない。
悪いことが続いているように見えるのも、自分が意識しすぎているだけかもしれない。
それでも、今日の足が重いことまでは否定できない。その重さを気のせいとして片づける前に、いま感じていることを、そのまま残しておこうと思った。


