タバコをやめたいのにやめられない|チェーンスモーキングで気づいた「意思の弱さ」ではない問題

感情と言葉

1本で終わるつもりだった

最近、またタバコを吸い始めてしまった。

最初は、1本吸えば気持ちが落ち着くと思っていた。ところが実際には、1本では足りなかった。吸い終わると間を置かずに次の1本へ手が伸び、気づけば3本続けて吸っていた。

自分でも、これは普通ではないと感じた。

タバコを味わっているというより、何か足りないものを埋めるように吸っている。けれど、何本吸っても完全には満たされない。吸えば吸うほど落ち着くどころか、「次はもっと強いタバコなら1本で済むのではないか」と考え始めていた。

今吸っているものでは弱いのかもしれない。次はもっと強い銘柄に変えた方がいいのではないか。

そんなふうに、タバコをやめるのではなく、どうすればうまく吸い続けられるかを考えていた。

「強いタバコに変える」は解決なのか

1本で満足できないなら、より強いタバコを選ぶ。

一見すると合理的に思える。強いものを少ない本数だけ吸えば、結果的に本数を減らせるような気もする。

しかし、考えてみると、それは根本的な解決ではない。

今起きている問題は、銘柄が自分に合っていないことではなく、1本吸った後に、すぐ次の1本が必要になっていることだ。強いタバコに変えて一時的に本数が減ったとしても、吸わないと落ち着かない状態そのものは残る。

むしろ、「この強さなら満足できる」という新しい基準を身体に覚えさせることになるかもしれない。

それでも私は、強いタバコへ変えることを考えていた。

なぜなら、「やめる」という判断より、「銘柄を変える」という判断の方がずっと軽いからだ。

タバコをやめるとなれば、これから吸いたくなったときにどうするのか、手元にあるタバコをどうするのか、また失敗したらどう思うのかまで考えなければならない。

一方、銘柄を変えるだけなら、次に買う商品を決めれば済む。

疲れて判断力が落ちているときほど、人は根本的な解決より、今の状態を少しだけ調整する方法を選びやすいのかもしれない。

疲れているときほどタバコを吸い、回復から遠ざかる

この日は、身体にかなり疲労が残っていた。

前日に運動をして、腕や背中に筋肉痛が出ていた。睡眠時間を長く取っても疲労感が強く、外出する予定も取りやめた。それでも仕事には行かなければならず、翌日にも身体を使う仕事が控えていた。

そんな状態で、タバコを何本も続けて吸っていた。

疲れているからタバコを吸う。けれど、タバコを吸うことが身体の回復を助けるわけではない。それどころか、自分が回復したい方向とは逆へ進んでいるように感じた。

次の運動を楽しめる身体に戻したい。仕事で安全に動ける状態を保ちたい。疲労を少しでも早く抜きたい。

そう考えるなら、タバコを吸う理由はほとんどない。

それでも吸ってしまう。

ここに、タバコの難しさがある。

身体に良くないと知らないから吸うのではない。やめた方がいいと理解していても、疲労や不安が強い場面では、長期的な回復より、今この瞬間の欲求を優先してしまう。

「禁煙できない自分」を責めても変わらない

正直に言えば、そのときの私は禁煙を決断できる状態ではなかった。

タバコをやめた方がいいことは分かっていた。しかし、「今日からやめる」「もう二度と買わない」と決め、それを守るだけの精神的な余力がなかった。

以前なら、そこで自分の意思の弱さを責めていたかもしれない。

しかし、3本続けて吸っている自分を見て、これは単なる好みや気分転換ではないと感じた。

意思で選んでいるというより、身体と脳が次の1本を要求し、その要求に追われている。

そう考えると、必要なのは自分を叱ることではなく、問題の大きさを正しく見ることなのだと思う。

禁煙できるほど強く決意できない日がある。それは事実として認めるしかない。

ただし、「今日は禁煙を決断できない」と「何本吸っても仕方がない」は同じではない。

一生吸わないという決断はできなくても、今は続けて吸わない、次の1本まで間を空ける、強い銘柄へ変更する判断を急がない、といった小さな線引きはできるかもしれない。

それは、その場しのぎの我慢ではなく、大きな判断をする力が戻るまで、状況を悪化させないための選択だ。

禁煙は意思力だけの問題ではない

タバコをやめられないと、「自分は意志が弱い」と考えやすい。

けれど、何度も吸いたくなり、1本では終われず、吸ってもまた欲しくなる状態を、精神論だけで片づけるのは無理がある。

必要なのは、「我慢できる人になること」ではなく、依存が起きている前提で方法を考えることなのだろう。

禁煙には、医療機関へ相談する方法もあれば、ニコチンへの欲求を抑えるための補助を使う方法もある。自分一人の決意だけで、すべてを背負う必要はない。

私はまだ、完全にタバコをやめる決断をできていない。

それでも、3本続けて吸ったことを「たまたま今日は吸いすぎただけ」と処理せず、問題が再び大きくなっているサインとして受け止めたい。

禁煙は、一度きれいに決意すれば終わる話ではない。

吸ってしまった自分を責めることでも、吸い続けやすい銘柄を探すことでもなく、自分が今どんな状態にいるのかを正確に見るところから始まるのだと思う。

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