スタンディングデスクと座り心地の悪い椅子|集中できる環境が、疲れた日は負担になる

AIとWeb制作

仕事をする環境は、ただ快適であればいいわけではない。

少なくとも、自分はそう考えてきた。

あまりにも座り心地の良い椅子を使うと、いつまでも座り続けてしまう。体は楽かもしれないけれど、気づけば何時間も同じ姿勢で作業している。集中しているようで、実際には惰性で画面の前にいるだけの時間も増えてしまう。

だから、作業環境には少しだけ不便さがあってもいいと思っていた。

その考えから、スタンディングデスクを使い、椅子もあえて座り心地の良すぎないハイチェアにしている。

長時間だらだら座るのではなく、立ったり座ったりしながら作業する。椅子が快適すぎないからこそ、適度に体を動かす。作業に入るときも、少し緊張感が出る。

普段なら、それはそれでうまく機能している。

けれど、疲労が溜まっている日は、同じ環境がまったく違う意味を持つことに気づいた。

集中するための環境が、疲れた日は負荷になる

疲れている日に机へ向かうと、まず椅子に座っていること自体がつらくなる。

集中力がないというより、姿勢を維持するだけで体力を使っている感じがある。ハイチェアに座ると、腰や脚にじわじわ負担がくる。立って作業するには体が重い。座っていても落ち着かない。

いつもなら、少し座り心地が悪いことが「だらけ防止」になる。

けれど、疲れている日は、それが「作業開始の壁」になる。

机に向かえば作業できるかもしれない。
でも、机に向かうまでの体力がない。
椅子に座るだけで消耗する。
立って作業するほどの元気もない。

そうなると、作業そのものではなく、作業姿勢を取ることが一番の負担になってしまう。

これは少し盲点だった。

自分は「集中できない」と感じていたけれど、実際には集中力以前に、体が作業姿勢を拒否していたのかもしれない。

環境設計は、体調によって意味が変わる

作業環境には、いろいろな考え方がある。

集中できる環境。
疲れにくい環境。
だらけにくい環境。
すぐ作業に入れる環境。

理想を言えば、すべてを満たせればいい。

けれど、現実にはそう簡単ではない。

だらけにくい環境は、疲れているときには厳しい環境になる。
快適な環境は、集中したいときには甘すぎる環境になる。
立って作業できる環境は、元気なときには良くても、疲労が強い日は使いにくい。

つまり、良い環境かどうかは固定ではない。

その日の体調によって、同じ机、同じ椅子、同じ部屋の意味が変わる。

元気な日は、少し不便な椅子が集中を助けてくれる。
疲れた日は、その不便さが作業を遠ざける。

環境が悪いのではない。
ただ、その日の体に合っていないだけなのだと思う。

机でやる作業と、横になってできる作業を分ける

疲労が強い日に無理に机へ向かおうとすると、作業が始まる前に嫌になってしまう。

だから、すべてを「机でやる作業」と考えない方がいいのかもしれない。

たとえば、記事を書く仕事でも、すべてが机でしかできないわけではない。

テーマを考える。
構成を考える。
見出しを考える。
どんな読者に向けるか整理する。
自分が何を言いたいのか言語化する。

こうした工程は、横になっていてもできる。

一方で、実際に文章を入力する、WordPressへ入稿する、画像を設定する、細かい修正をする。こうした作業は机の方がやりやすい。

つまり、作業を一つの塊として見るのではなく、工程に分ければいい。

疲れている日は、横になってできる工程だけ進める。
机に向かえるタイミングが来たら、入力だけする。

そうすれば、「机に座れないから何もできない」という状態から抜け出せる。

横になって考えることも、作業の一部でいい

これまで、自分の中では「作業する」と言うと、どうしても机に向かうイメージが強かった。

パソコンを開く。
キーボードを打つ。
画面を見ながら進める。

それが作業らしい作業だと思っていた。

でも、実際にはその前段階にある「考える時間」もかなり重要だ。

特にWeb制作や文章を書く仕事では、手を動かす前に、何をどう組み立てるかが決まっていないと進みにくい。

疲れていても、横になりながら考えられることはある。
むしろ、机に向かって無理に考えるより、布団や床で体を休めながら考えた方が、自然に言葉が出てくることもある。

もちろん、横になったまま眠ってしまう日もある。
それはそれで、体が回復を求めていたということなのだと思う。

大事なのは、「横になっている=何もしていない」と決めつけないことだ。

考えているなら、それは作業の一部でいい。
構成が見えてきたなら、それも前進でいい。
文章の核になる言葉が浮かんだなら、それだけでも意味がある。

疲れている日の環境設計を考える

スタンディングデスクも、ハイチェアも、今の自分にとって悪いものではない。

むしろ、普段は作業のリズムを作ってくれている。

ただ、疲れている日には別の選択肢が必要なのだと思う。

元気な日の環境と、疲れている日の環境は、同じでなくてもいい。

元気な日は、立って作業する。
軽く座って、集中が切れたらまた立つ。
ハイチェアの不便さを、だらけ防止として使う。

疲れている日は、横になって考える。
スマホでメモを取る。
AIと壁打ちして、構成だけ作る。
机に向かう時間は、最後の入力作業だけに絞る。

こういう使い分けができれば、作業環境をもっと現実的に使える気がする。

環境を整えるというのは、立派な机や椅子を買うことだけではない。

その日の体力に合わせて、作業の形を変えられるようにすることも、環境設計なのだと思う。

いつも同じ自分で働けるわけではない

毎日、同じ体調で、同じ集中力で、同じように机へ向かえるわけではない。

元気な日もある。
疲れている日もある。
座れる日もある。
座っているだけでつらい日もある。

それなのに、いつも同じ作業姿勢を自分に求めると、できない日が増えてしまう。

「今日は机に向かえない」
その時点で作業をあきらめるのではなく、
「今日はどの姿勢なら進められるか」
と考えた方がいい。

立ってできる日。
座ってできる日。
横になって考える日。
短時間だけ机に向かう日。

それぞれに合った進め方がある。

スタンディングデスクと座り心地の悪いハイチェアは、元気な日の自分には合っている。

でも、疲れた日の自分には、別の作業方法が必要だった。

それに気づけたことは、作業環境を失敗したという話ではなく、自分の働き方をもう少し細かく見直すきっかけなのだと思う。

作業環境は、自分を追い込むためだけにあるのではない。
その日の自分が、少しでも前へ進める形を作るためにある。

そう考えると、机に向かえない日にも、まだできることは残っている。

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