「もう間に合わないな」と思った朝
今日は朝6時半に起きた。
本当は引っ越しのアルバイトの日だった。
出勤時間は7時。
でも、前回のシフトが遅出だった影響で、目覚ましの設定を戻し忘れていた。
起きた瞬間、「あ、これはもう間に合わないな」と思った。
急いで着替えてバイクに乗れば、7時半くらいには着けたと思う。
でも、その時点で既に気持ちがかなり乱れていた。
朝からバタバタしている。
おにぎりを作る時間もない。
この状態で出勤したら、多分今日はずっと低出力のまま一日が終わる。
そんな感覚があった。
以前の自分なら、とりあえず無理してでも行っていたと思う。
多少遅刻しても、とにかく出勤する。
「迷惑をかけない」が最優先だった。
でも今日は、少し違う判断をした。
今日は休むことにした。
「休む」は、昔ずっと苦手だった
昔の自分は、「休む」という判断がかなり苦手だった。
多少無理してでも動く。
疲れていても、とりあえず出勤する。
精神的にキツくても、気合で何とかする。
そういう感覚がかなり強かった。
でも、そのやり方を長く続けると、ある日まとめて崩れる。
実際、以前かなり無理をして、動けなくなった時期がある。
だから最近は、
「どこまで無理できるか」
より、
“どうすれば長く続けられるか”
を考えることが増えた。
特に最近は、
- 引っ越しのアルバイト
- 飲食のアルバイト
- Web制作
- AI活用
- ブログ運営
- 記事執筆
- サイト改善
みたいに、色々なものが同時に走っている。
しかも今は、アフィリエイト導入の作業も始めていて、頭の中の処理量がかなり多い。
だから最近は、
“今日1日だけ頑張れるか”
より、
“今週全体を崩さず回せるか”
のほうが重要になってきている。
疲労は、「その日」だけで終わらない
最近かなり感じるのは、疲労って「その日」で終わらないということだ。
特に引っ越しのアルバイトは、後から来る。
当日はアドレナリンで動けてしまう。
でも翌日、あるいは2日後くらいに、
- 前腕の筋肉痛
- 全身のだるさ
- 長時間睡眠
- 起床時の重さ
- 神経疲労
みたいなものがまとめて来る。
しかも今の自分は、仕事が終わったあとにも、
- AIと対話する
- 記事を書く
- SEOを考える
- サイト改善をする
- 将来設計を整理する
みたいな「第二の仕事」がある。
だから最近は、
“仕事後に自分が残っているか”
がかなり重要になっている。
ただ働くだけなら、多分もっと無理できる。
でも今の自分は、
“働いたあとにも、自分の人生を進める必要がある”
状態なんだと思う。
明日の波を優先した
そして今日、もう一つ大きかったのが、明日の波だ。
予報を見る限り、明日は少し良さそうだった。
最近の自分は、火曜、水曜、金曜くらいしか実質サーフィンできるタイミングがない。
だから一回の波乗りが、以前よりかなり貴重になっている。
しかも、自分の場合、サーフィンって単なる趣味では終わらない。
海へ入ると、幸福度がかなり回復する。
身体感覚が戻る。
頭のノイズが減る。
「生活している感覚」が戻ってくる。
だから最近は、サーフィンを、
“遊び”
というより、
“自分を正常運転へ戻す行為”
として感じることが増えてきた。
もちろん、今日働けばお金は入る。
でも、その代わりに、
- 明日の早起きが崩れる
- 疲労が残る
- 波へ向かう気力が減る
- 回復がさらに後ろへズレる
可能性もかなり高かった。
だから今日は、
「今日の収入」
より、
“明日の幸福度”
を優先した。
「今日だけ」を見ると、損に見える
こういう判断って、短期だけ見ると微妙に見える。
一日分の収入は減る。
シフトも飛ぶ。
真面目な人ほど、罪悪感も出やすいと思う。
昔の自分なら、
「ちゃんと行くべきだったかな」
を一日中考えていた気がする。
でも最近は少し感覚が変わってきた。
今の自分に必要なのは、
“毎日限界まで頑張ること”
ではなく、
“長く壊れずに続けられる状態”
なんじゃないかと思っている。
実際、最近かなり感じる。
人って、単純な労働そのものより、
“回復できない状態”
のほうで壊れていく。
ずっと疲れている。
仕事後に何も残らない。
休日が回復だけで終わる。
未来のことを考える余裕がなくなる。
そういう状態が続くと、少しずつ人生全体が縮んでいく。
だから最近は、
「どれだけ頑張れるか」
より、
“どれだけ自分を残したまま生活できるか”
を考えるようになった。
「幸福度」を軽視しない
最近、自分の中でかなり大きく変わった感覚がある。
それは、
“幸福度を軽視しない”
ということだ。
以前は、
- 楽しい
- 心地良い
- 落ち着く
- 幸せ
みたいな感覚を、かなり後回しにしていた。
まず仕事。
まず責任。
まず生活。
そうやって全部を優先したあとに、余った時間で幸せを考える。
でも、それを長く続けると、自分が空っぽになる。
最近は、少しずつ、
- 海へ行けること
- 疲労感なく朝を迎えられること
- 落ち着いてご飯を作れること
- AIと対話しながら考えを整理できること
みたいな、小さい幸福度の積み重ねのほうが、長く生きるには大事なんじゃないかと思い始めている。
もちろん、現実問題としてお金は必要だ。
働かなければ生活は回らない。
でも最近は、
“収入だけ最大化して、自分が壊れる”
より、
“少し遠回りでも、長く続けられる状態”
のほうを優先したい気持ちが強くなっている。
今日の「休む」という判断も、多分その延長線上にある。
そして最近は、それを単なる甘えではなく、
“未来の自分を守るための調整”
として考えられるようになってきた気がしている。