「波がなくても海へ行く朝」──“何かをしなきゃ”から少し離れてみて気づいたこと

サーフィンと生活

「今日は波ないな」と思いながら海へ向かった

今日は朝、海へ行った。

波の予報はあまり良くなかった。

だから正直、最初は「今日は波ないだろうな」と思っていた。

以前なら、そういう日は行かなかったと思う。

特に最近は、サーフィンできる日がかなり限られている。

火曜、水曜、金曜くらいしか、現実的には海へ入れるタイミングがない。

だから昔より、

「入れる日にちゃんと入る」

感覚が強くなっていた。

でも今日は、サーフィンするつもりというより、

“海へ行きたい”

感覚のほうが近かった。

実際、海へ着いてみると、やっぱり波は小さい。

サーフィンするには厳しい感じだった。

でも、別にそれでガッカリはしなかった。

波の音を聞きながら、ぼーっと海を眺めていた。

潮風が吹く。

塩の香りがふわっと漂ってくる。

その空気の中にいるだけで、少しずつ頭の中が静かになっていく感じがあった。

以前は「海へ行くこと」が仕事みたいになっていた

以前の自分は、かなり高頻度で海へ行っていた。

理由のひとつは、自分で運営しているサーフィン関連サイトの検証のためだった。

波予報と実際の海の状態はどれくらい違うのか。

風向きでどれくらい変わるのか。

予報の点数と、実際にサーフィンできる感覚は一致しているのか。

そういうものを毎日観測していた。

だから当時の海は、

“好きだから行く”

だけではなく、

“確認しに行く”

側面もかなり強かった。

朝起きる。

海へ行く。

波を見る。

予報と照らし合わせる。

その積み重ねで、少しずつ予報精度を改善していった。

今思えば、あの頃の自分はかなり「検証モード」だった気がする。

もちろん、それはそれで楽しかった。

実際、毎日海へ行ったことで見えてきたものもかなり多かった。

でも最近は、少し感覚が変わってきた。

毎日行かなくてもよくなった

最近は、波予報の感覚もかなり掴めてきた。

以前ほど、

「本当に予報通りかな」

を毎日確認しなくても、だいたいイメージできるようになってきた。

これはかなり大きい変化だと思う。

つまり最近の海って、

“検証”

より、

“生活”

に近づいてきている。

以前は、

「行かなきゃ」

が少しあった。

でも最近は、

“行きたい時に行く”

感覚に近い。

これはかなり大きい。

特に自分みたいに、

  • アルバイト
  • Web制作
  • AI活用
  • ブログ運営
  • 記事執筆
  • サイト改善

みたいなものを常に頭の中で回していると、

何でもかんでも「目的化」しやすい。

海へ行くことまで、

  • 検証
  • 成果
  • データ
  • 効率

になってしまう。

でも今日は、

「ただ海にいる」

だけで、かなり満たされる感じがあった。

海って、「何もしない」が成立しやすい

最近感じるのは、海って、

“何もしない”

が成立しやすい場所なんだと思う。

例えば家にいると、

  • 洗い物
  • 洗濯
  • 記事
  • AI
  • タスク
  • SEO
  • 返信

みたいに、常に「やること」が見える。

PCを開けば、いくらでも作業できる。

むしろ、終わりがない。

でも海って、不思議と少し違う。

もちろん、サーフィンする時は身体を使う。

でも、海を眺めているだけでも成立する。

ぼーっとしていても、罪悪感が出にくい。

風を感じる。

波の音を聞く。

潮の香りがする。

それだけで、時間が流れる。

今日の朝は、久しぶりにその感覚を思い出した。

「何かをしなきゃ」が続くと、人は疲れる

最近の自分は、かなり「動き続ける」生活をしている。

  • アルバイト
  • Web制作
  • ブログ
  • AI
  • アフィリエイト
  • SEO
  • サイト改善

全部、「積み上げ」が必要なものだ。

しかも最近は、

“どうすれば労働以外の収入を増やせるか”

をかなり現実的に考えている。

だから、どうしても毎日、

「何かを進めなきゃ」

になりやすい。

もちろん、それ自体は悪いことじゃない。

実際、積み上げないと変わらない部分も多い。

でも最近少し感じる。

人って、

“何もしていない時間”

がないと、少しずつ呼吸が浅くなる。

特に今みたいに、

  • 労働
  • 将来不安
  • お金
  • 継続
  • 生活維持

を常に考えていると、

脳がずっと「処理モード」のままになる。

だから今日みたいに、

  • 波がなくても海へ行く
  • ぼーっとする
  • 潮風を浴びる
  • ただ座っている

みたいな時間が、思っていた以上に大事なんだと思った。

「海へ入る」だけが海じゃない

昔の自分は、多分、

「サーフィンしないなら海へ行く意味がない」

くらいに思っていた気がする。

でも最近は少し違う。

もちろん、波に乗れたら嬉しい。

サーフィンは好きだ。

でも最近は、

“海が生活の近くに存在している”

こと自体に、かなり価値を感じるようになってきた。

朝、海へ行ける。

波の音を聞ける。

潮風を感じられる。

それだけで、少し気持ちが整う。

だから最近は、

「サーフィンするかどうか」

より、

“海と接続できているか”

のほうが重要になってきている気がする。

今日みたいな朝は、特にそうだった。

波はなかった。

でも、多分今日は、

“波に乗ること”

より、

“自分を少し静かな状態へ戻すこと”

のほうが大事だったんだと思う。

そして最近は、そういう時間を、

「無駄」

ではなく、

“長く生きるために必要な時間”

として受け取れるようになってきた気がしている。

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