波がない日のプールで、自分の現在地を知った
今日はプールへ行ってきた。
結局、500メートルくらい泳いだ。
時間にすると30分弱くらいだったと思う。
最初は正直、行くかかなり迷っていた。
昨日は引越のアルバイトで身体も疲れていたし、今日は波もなかった。
サーフィンができない日は、なんとなく一日のリズムが定まらない。
家でダラダラしていても、何か違う。
でも「よし、泳ぐぞ」というテンションでもない。
そんな中で、半分流されるような感じでプールへ行った。
そして泳ぎ始めて、かなりショックを受けた。
全然泳げなくなっていた。
50メートルで息が上がる
昔、自分は水泳部だった。
しかも、ただ泳いでいた程度ではなく、社会人になってからもマスターズ大会へ出るくらいには泳いでいた。
だから、身体のどこかに、
「これくらいなら泳げるはず」
という感覚が残っていた。
でも現実は違った。
50メートル連続で泳ぐと、一回休みたくなる。
息が上がる。
肩も重い。
ペースが続かない。
泳げないわけではない。
でも、「泳力がある状態」とは完全に違っていた。
そして、その瞬間に全部つながった。
「ああ、だから最近サーフィンがうまくいかないのか」
と。
波に置いていかれる理由
最近、海へ行っていて感じていたことがある。
波に置いていかれる。
昔なら間に合っていた波に追いつけない。
パドルが伸びない。
沖へ出るだけで疲れる。
最初は年齢のせいかと思っていた。
あるいは、ブランク。
感覚の鈍り。
反応速度。
もちろん、それもあると思う。
でも今回プールへ行って分かった。
もっと根本的な問題だった。
単純に、泳力が落ちている。
サーフィンって、波に乗るスポーツとして語られることが多い。
でも実際には、
「沖へ出続ける能力」
がかなり重要だ。
特にパドル。
サーフィンのパドルは、短距離ダッシュではない。
ある程度の時間、連続して出力を維持し続ける必要がある。
だから50メートルでバテている状態では、そもそも波を追う以前の問題だった。
今の自分は、技術以前に「土台」が落ちていたのだと思う。
これは希望でもある
でも、不思議と絶望感はなかった。
むしろ少し安心した。
理由が分かったからだ。
最近の自分は、
「なんで前みたいに乗れないんだろう」
という感覚をずっと抱えていた。
波のせいなのか。
年齢なのか。
勘が鈍ったのか。
でも今日、かなり具体的な形で見えた。
泳力不足。
つまり逆に言えば、改善可能な問題でもある。
これは大きかった。
感覚や才能の問題だと、どう改善すればいいか分からなくなる。
でも泳力なら、やることは比較的シンプルだ。
泳ぐしかない。
波がなくても、やれることはある
今、自分がサーフィンできるのは火曜、水曜、金曜くらい。
でも、その日に波が良いことは実際そこまで多くない。
今までは、
「今日は波ないから無理か」
で終わっていた。
でも今日のプールで、その考え方が少し変わった。
波がない日でも、やれることはある。
むしろ、波がない日だからこそ、
「土台を戻す日」
にできる。
これはかなり大きな発見だった。
サーフィンのためなら続けられる
正直、自分は「健康のための運動」があまり続かない。
目的が弱いと、途中で意味を感じなくなる。
でもサーフィンは違う。
海へ行きたい。
もっと波に乗りたい。
また気持ちよくパドルしたい。
そのために泳ぐ。
そう考えると、不思議と身体が動く。
だから、これからは波があるかどうかに関係なく、定期的にプールへ行こうと思う。
最低でも週1回。
できれば週2〜3回くらいは行きたい。
もちろん、すぐ昔みたいには戻らないと思う。
でも今日、50メートルで息が上がったことは、ある意味かなり重要だった。
現実を知れたからだ。
人は時々、自分の衰えを曖昧なまま誤魔化してしまう。
でも、本当に前へ進みたいなら、一度ちゃんと現在地を見た方がいい。
今日はそんな日だった気がしている。