「サーフィンが好き」だと思っていた。でも本当に好きだったのは、“海が生活に近い感覚”だったのかもしれない

サーフィンと生活

久しぶりに、ちゃんとサーフィンができた朝

今日は久しぶりにサーフィンをすることができた。

最近はなかなか海へ入れなかったので、「今日は海へ行けた」というだけでも少し嬉しかった。

今回サーフィンできたのは、かなり色々な条件が噛み合った結果だったと思う。

日曜日のアルバイトが早上がりだったこと。

月曜日の引っ越しバイトが遅出で、しかも定時で終わったこと。

そして火曜日の波の状況が比較的良かったこと。

そういう細かい条件が重なって、ようやく「海へ行ける状態」ができた。

最近の自分は、サーフィンへ行くこと自体が、少し特別なイベントみたいになっている。

以前はもっと気軽に海へ向かえていた気がする。

でも今は、

「明日の疲労はどうか」

「仕事に影響は出ないか」

「回復できるか」

みたいな計算が、どうしても頭の中に入ってくる。

だから今日みたいに海へ入れた日は、波に乗れたかどうか以前に、

「ちゃんと海へ来られた」

という感覚のほうが大きかった。

一本も乗れなかった

ただ、結果としてはあまり上手くいかなかった。

一本も乗れなかった。

一回だけ、立てそうなところまでは行った。

でも、すぐ転んでしまった。

冬の間、ほとんど海へ入れなかった影響はかなり大きい。

特にパドルのスピードが落ちていた。

以前なら追いつけていた波に、全然間に合わない。

「あれ、こんなに進まなかったっけ」

という感覚が何度もあった。

サーフィンって不思議で、少し間が空くだけで身体感覚がかなり鈍る。

特にパドルって、筋力だけじゃなく、

  • 波を見る感覚
  • タイミング
  • 水の掴み方
  • 呼吸
  • 身体の連動

みたいなものが全部繋がっている。

だから久しぶりに入ると、自分が思っている以上に身体が動かない。

でも逆に言うと、今日改めて、

「サーフィンって、生活とかなり繋がっているんだな」

とも感じた。

ただ海へ行けばできるものではなくて、

どんな生活をしているか。

どれくらい疲れているか。

どれくらい継続して海へ入れているか。

そういうもの全部が、そのまま波に出る。

「海へ行ける日」が少なすぎる

今の生活だと、実質的にサーフィンできるのは火曜と水曜の午前中くらいだ。

でも、その火曜水曜も、

前日の疲労次第では回復日に変わる。

最近は引っ越しのアルバイトの疲労がかなり後まで残ることが多い。

前腕の筋肉痛や、全身のだるさも長引きやすい。

だから、

「火曜だから海へ行ける」

ではなく、

「火曜に海へ行ける状態まで回復できているか」

のほうが大きい。

本当はもっと定期的に海へ入りたい。

でも現実問題として、今は収入のほうが優先だ。

もちろん、アルバイトを減らせば海へ行く時間は増えると思う。

でも今の段階で収入を減らすのは、かなりリスクが大きい。

最近、自分の中では、

「自由な時間を増やしたい」

という気持ちと、

「まずは生活を安定させたい」

という感覚がずっと同時に存在している。

だから今は、

サーフィンを増やすために収入を削るというより、

まずは“バイト以外の収益”を育てることのほうが優先だと感じている。

ウェットスーツを着る時点で、少し気が重い

今日、海へ入っていて気づいたことがある。

それは、自分はウェットスーツを着てサーフィンすること自体が、あまり好きではないのかもしれないということだ。

もちろん、寒い時期には必要だ。

今日も3ミリのフルスーツを着ていた。

それでも少し寒かった。

でも、自分の中で一番大きかったのは寒さそのものではなく、

“海へ入るまでの手順の多さ”

だった。

ウェットを着る。

脱ぐ。

濡れる。

寒い。

着替える。

身体が重い。

これが思った以上に心理的ハードルになっていた。

夏ならもっと気軽だ。

タッパを着て、そのまま海へ入れる。

「ちょっと波見て、良さそうだから入るか」

が成立しやすい。

でもウェットの季節って、その気軽さがかなり減る。

今日改めて、自分は、

「サーフィンそのもの」

だけじゃなく、

“海へ向かうまでの軽さ”

もかなり重要なんだと感じた。

湘南とスリランカは、かなり違う

今日、湘南で海へ入っていて、スリランカとの違いもかなり感じた。

湘南も楽しい。

それは間違いない。

でも、スリランカで波乗りしていた時と比べると、かなり感覚が違う。

まず、波に乗れる回数が少ない。

待ち時間も長い。

気候も違う。

そして何より、

“海が生活から少し遠い”

感じがある。

スリランカでサーフィンしていた時って、

もっと海が日常の延長に近かった。

暑いから、そのまま海へ行ける。

軽装で入れる。

波数も多い。

「今日は少しだけ入るか」

みたいな感覚が成立しやすい。

でも湘南だと、どうしても「サーフィンするぞ」という準備感が強い。

もちろん、それが悪いわけではない。

ただ今日、自分の中でかなりはっきりした。

自分は、

「サーフィンが好き」

というより、

“海が生活の近くにある感覚”

が好きだったのかもしれない。

本当に欲しいのは、「自然に海へ行ける生活」

最近、自分が本当に欲しいものについて考えることが増えた。

以前は、

「もっと上手くなりたい」

とか、

「もっと波に乗りたい」

と思っていた。

もちろん今もそういう気持ちはある。

でも最近は、それ以上に、

“自然に海へ行ける生活”

のほうが大事なんじゃないかと思い始めている。

無理して時間を作るのではなく、

生活の中に自然に海がある状態。

今日は湘南の海へ入りながら、

「将来的にはスリランカへ移住するか、半移住するのがやっぱり夢なのかもしれないな」

と改めて感じた。

これは単なる旅行願望ではない気がしている。

多分、自分が求めているのは、

“もっと自然に呼吸できる生活”

なんだと思う。

そしてサーフィンは、その感覚を確認するための、一つの指標なのかもしれない。

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