TideLogという商品を作ったことがある。
サーフポイントごとの潮汐、風、波のデータをまとめたCSVで、過去の海況を自分で分析したい人に向けたものだった。最初の湘南版を作り、その後、鵠沼、七里ヶ浜、辻堂などへ横展開した。
販売を始めたときは、素直に「頑張った」と思った。商品が一つだけより、複数並んでいたほうがショップとしての信頼感も出る。ここまで作れば、どれか一つくらいは売れるだろうとも考えていた。
けれど、それから一カ月ほどで、私はTideLogを売ることから離れた。
売れなかったから、というだけではない。
自分自身が、その商品を売り続ける未来を信じられなくなったからだ。
波予報とデータ商品の「二毛作」を考えた

当時は、サーフィンの波予報サービスを公開したばかりだった。
波予報サービスは、記事やデータが蓄積され、検索から人が訪れるまでに時間がかかる。一方、TideLogはCSVを作って販売すれば、すぐに売上が発生する可能性がある。
そこで私は、二つを「二毛作」として考えた。
波予報サービスは、公開した状態で長期的に育てる資産。TideLogは、短期間で現金を生むための商品。
当時の記録には、「次はTideLogを一カ月間頑張る」「なんだかんだ一つくらいは売れるでしょ」と書いている。
生活費をアルバイトで補っていたこともあり、Webから少しでも早く収益を作りたかった。小さな商品でも、一つ売れれば次につながる。そう考えること自体は、間違っていなかったと思う。
ただ、作業を始めると、なぜか手が止まった。
やるべきだと思うほど、別の開発をしてしまう

記録を読み返すと、「ついつい波予報サービスのほうをいじってしまう」「TideLogに集中しなきゃ」と何度も書いている。
さらに、「TideLogを進めようとすると手が止まった。お金を稼ごうとすると手が止まる傾向がある」とも書いていた。
そのときは、自分に収益化へのメンタルブロックがあるのかもしれないと思った。
しかし、今振り返ると、それだけではなかった気がする。
波予報サービスには、直したいところや試したい機能が次々と見つかった。自分自身が毎日使い、海へ行き、予報と現実の違いを確かめられたからだ。
TideLogは、技術的には面白かった。けれど、誰が、何のために、継続的に買うのかが見えなかった。
私は、その違和感を「稼ぐことへの苦手意識」として処理しようとしていたのかもしれない。
5商品を並べた翌日、もう疑問が出ていた

スポット別のCSVを作り、合計5商品を販売した翌日には、すでにこんなことを書いていた。
「1個500円で極小さい市場に対して売る商品だから、そんなに収益見込めないよね」
作る前から市場が小さいことは分かっていた。それでも、まず形にしてみなければ判断できないと思っていた。
実際に作り、販売ページを用意し、宣伝記事まで掲載したことで、ようやく現実の大きさが見えた。
TideLog単体を宣伝して売るより、波予報サービスに人が集まり、その中のごく一部が必要に応じて買う商品のほうが自然だった。
それなら、「TideLogの初売上」を目標にするのは違う。
目標にすべきなのは、波予報サービスそのものが使われることではないか。
12月に入る頃には、「初売上はもういいや。売れる気がしないし、売れても少額」と書いていた。投げやりになったというより、目標の置き場所が違うと気づき始めていた。
安全ガイドでも、同じ違和感にぶつかった

同じ時期に、サーフィンの安全ガイドも販売しようとしていた。
こちらでも、私は「これなら売れる」「これなら売ってもいい」と自分が感じられる完成度までは作ろうとしていた。
完璧主義で公開できなくなるのは避けたい。一方で、自分が納得できないものを販売しても、自信を持って宣伝できない。宣伝できなければ、結局は売れない。
安全ガイドの内容に価値がないわけではなかった。
ただ、その場所のサーファーが、お金を払ってまで安全情報を買いたいのか。読んだことで、その人の判断が本当に軽くなるのか。そこに確信を持てなかった。
12月21日、安全ガイドは有料商品ではなく、無料で読めるコラムへ移した。
そして12月23日、TideLogも安全ガイドも、単品商品としては売らないと決めた。
「今日どうか」は無料、「いつ行けばいいか」はまだ先

このとき、無料と有料の境界について、一つの言葉が生まれた。
無料で提供するのは、「今日どうか」。
将来、有料にできるとしたら、「いつ行けばいいか」。
当日の波や風を確認できるだけなら、できる限り無料で届けたい。一方、数日先まで見渡し、自分のレベルや好みに合う時間を選び、予定を立てやすくするところまで実現できれば、継続的にお金を払う理由になるかもしれない。
ただし、それはまだ先の話だ。
現在も、「いつ行けばいいか」を十分な確信を持って提供できるところまでは到達していない。だから、収益化の答えが見つかったわけではない。
それでも、「信じられる価値が形になる前に売らない」という境界だけは、あのとき決まった。
寄り道だったが、無駄ではなかった

TideLogは、商品としては止まった。
けれど、集めたデータや分析の考え方は、波予報のスコアや記事を支える材料として残った。安全ガイドも、無料の記事として読まれるものに形を変えた。
作ったものが、最初に考えた方法では売れなかった。
それを失敗と呼ぶこともできる。
ただ、作らなければ、「誰に売るのか分からない」「自分でも勧めきれない」という違和感の正体には気づけなかったと思う。
個人開発では、作ったものを何とか売ろうとしてしまう。かけた時間を無駄にしたくないからだ。
でも、売らないと決めることも、作った人が引き受ける責任の一つなのかもしれない。
私は、売れるものなら何でも売りたいわけではなかった。
自分が使いたいと思えるものを作り、自分が信じられる形になったときに売りたい。
TideLogという寄り道を通って、その基準がようやく形になった。