疲れているけれど収入も必要|午後出勤という「ちょうどいい働き方」に救われた日

労働と現実

明日の仕事がなくなるかもしれなかった

勤務先の支店を移ることになり、新しく働く支店へ電話をした。

引き継ぎが十分に進んでいなかったため、もしかすると翌日の勤務そのものがなくなるかもしれない状況だった。

仕事が休みになる。

普段なら、それを単純に「よかった」と感じる日もあるかもしれない。

最近は疲労が溜まっていた。身体を使う仕事が続き、しっかり眠っても、回復に時間がかかる感覚がある。

だから、もし休みになったとしても、それはそれで悪くないと思っていた。

しかし同時に、収入面への不安もあった。

仕事がなくなれば、当然その日の給料もなくなる。今の生活では、一日分の収入がなくなることを、何も気にせず受け入れられるほど余裕があるわけではない。

休みたい。

でも、稼ぎたい。

どちらも本当の気持ちだった。

「休みたい」と「稼ぎたい」は矛盾しない

疲れているのなら休めばいい。

収入が必要なら働けばいい。

言葉にすると簡単だが、現実の生活は、その二つにきれいに分けられない。

身体には回復が必要でも、家賃や生活費の支払いは待ってくれない。将来のためにお金を残したいと思えば、働ける日に少しでも稼いでおきたい気持ちも出てくる。

一方で、収入のために毎回疲労を無視して働き続ければ、どこかで身体が動かなくなる。

私も以前、無理を重ねた末に、長く動けなくなった経験がある。

だから今は、「働けるかどうか」だけではなく、

働いた後に、生活を維持できる状態が残るか

も考えるようになった。

今日の時点では、完全に休みたいほど動けないわけではなかった。

けれど、朝から一日中働けば、疲労をさらに積み重ねる可能性があった。

休養と収入のどちらを優先するべきか、簡単には決められなかった。

午後からの勤務になった

電話をした結果、翌日は午後から出勤することになった。

13時に新しい支店へ行き、そのまま勤務する予定だという。

完全な休みではない。

一日勤務でもない。

その知らせを聞いたとき、これはちょうどよい結果かもしれないと思った。

午前中は勤務に縛られずに済む。早朝から起きて準備をし、一日を通して身体を使う必要もない。

それでも、勤務そのものはあるため、収入が完全にゼロになるわけではない。

疲労を回復させたい気持ちと、少しでも稼いでおきたい気持ち。

その両方が、完全ではないにしても少しずつ満たされる。

どちらか一方を選んだわけではない。

今の自分に必要だったのは、この中間だったのだと思う。

最善の結果は、いつも最大ではない

以前の私は、仕事があるなら一日しっかり働いた方がよいと考えていた。

同じ一日を使うなら、勤務時間が長い方が収入は増える。朝から夕方まで働いた方が、効率がよいように見える。

しかし、長時間働いた翌日に動けなくなれば、単純な比較はできない。

一日の収入が増えても、その後の制作や家事が止まるかもしれない。疲労が抜けず、次の仕事にも影響するかもしれない。

反対に、すべて休みにすれば身体は助かるが、収入面の不安が強くなる。不安を抱えたまま一日を過ごせば、十分に回復した実感を持てないこともある。

つまり、最大限働くことと、完全に休むことが、いつも最善とは限らない。

今の条件では、

午前中の余白を確保しながら、午後から収入を得る

という形の方が、生活全体では合理的なのかもしれない。

働き方は、体力とお金の両方で判断する

仕事について考えるとき、収入だけを見れば勤務時間は長い方がよい。

体力だけを見れば、休みは多い方がよい。

けれど、実際に守りたいのは、どちらか一方ではなく生活そのものだ。

生活を続けるにはお金が必要で、働き続けるには身体が必要になる。

どちらかを消耗品のように扱えば、もう一方も長くは維持できない。

だから、今後の働き方を考えるときは、

  • その日にいくら稼げるか
  • 翌日にどの程度疲労が残るか
  • 他の仕事や生活へ影響しないか
  • 無理なく継続できる頻度か

を合わせて見なければならない。

勤務時間が短い日は、収入が減った日ではなく、回復する余地を残しながら収入も確保した日と考えることもできる。

二択ではなく、中間を選んでもいい

私たちは、働くか休むか、続けるか辞めるか、頑張るか諦めるかという二択で考えがちだ。

けれど、現実にはその間に多くの選択肢がある。

勤務時間を短くする。
出勤時間を遅くする。
仕事の頻度を調整する。
体力を使う仕事と使わない仕事を組み合わせる。

今回の午後出勤は、自分で細かく設計した結果ではない。勤務先とのやり取りの中で、偶然そうなった面もある。

それでも、その結果を見たとき、

今の自分には、このくらいがちょうどよい

と感じられた。

最近疲れていたからこそ、一日勤務にならなかったことに安心した。

収入が不安だったからこそ、完全な休みにならなかったことにも安心した。

休みたい自分と、稼ぎたい自分。

どちらかを否定する必要はなかった。

両方の事情を残したまま、今の条件で無理の少ない場所を選べばいい。

明日の午後勤務が、実際にどのくらいの負担になるかはまだ分からない。

それでも、今の時点ではかなりよい着地点だと思っている。

人生や仕事は、いつも理想どおりの条件を選べるわけではない。

だからこそ、完璧な答えではなくても、

今の自分が続けられる中間地点

を見つけることが、働き続けるためには大切なのだと思う。

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