美味しいものを食べに、バイクで出かけたかった。
最初に見ていたのは、千葉だった。日帰りで、しっかり走りたい。食べたいのは海鮮で、できれば海鮮丼。道は海岸線がいい。食事は、一人で二千円から四千円くらい。
条件は、そのへんで一度揃った。揃ったのに、行き先はまだ名前になっていなかった。
この日に出発する話でもなかった。行く日は、まだ無い。朝のうちに見ていたのは、いつか走るための候補だった。
近いほうへ傾いて、また戻した

出発は、湘南の海岸から、と直した。直してから、館山までの距離を見た。思っていたより、移動が長くなる。
湘南から館山へは、湾を回り込むか、船で渡ることになる。伊豆なら、西へ海岸をたどっていける。近いほうに見えた。
長い、と分かったところで、伊豆のほうが良さそうだと思った。食べたいものは、同じだった。西のほうから、熱海や伊東の海岸をたどる案を、一度出した。
ここまでなら、近いほうに決めた朝に見える。
でも、そのあとでもう一度、館山のコースを並べていた。近いから伊豆、で終わっていなかった。
なぜ戻したのかは、一文になっていない。海鮮が館山のほうに残っていたのか。海岸を長く走りたかったのか。一度出した名前を、そのまま捨てきれなかったのか。しっかり走りたい、がまだ残っていて、近いだけで捨てる気にならなかったのか。この時点では、自分でも言っていない。
朝の出勤を、バイクにするか電車にするか、前の夜に決められなかったことがある。あのときは、楽な手段と、お金と時間の戻り方を比べて、夜が終わっても一つにならなかった。
比べているうちに、一つにならなかった夜のことは、前に書いている。
今回の迷いは、手段ではなかった。バイクで行くこと自体は、最初から動いていない。動いたのは、どの海岸へ向かうかだった。
食べたいものと、走りたい道はぶれていない

決まっていたものを並べると、少ない。
日帰りであること。ただ近ければいいわけではなく、しっかり走りたいこと。道は海岸線。食事は海鮮。予算の幅。出発が湘南の海岸であること。
食べたいものだけは、途中でぶれなかった。千葉を見ているときも、伊豆に傾いたときも、もう一度館山へ戻したときも、言っていたことは同じだった。美味しいものが食べたい。海鮮がいい。
道も、同じだった。海岸線を走りたい。
予算も、先に決まっていた。高い店を探す話ではなく、現地でその範囲の食事をする、という幅だった。館山でも伊豆でも当てはまるので、行き先を決める材料にはならなかった。
ぶれたのは、その条件をどの地図に置くかだけだった。
決まっていなかったもののほうが多い。
館山か、伊豆か。行く日。出る時刻。戻る時刻。寄る店。その店がその日に開いているかどうかも、見ていない。
館山側には、海を渡る案と、陸で回り込む案が両方残った。行きは久里浜から船で渡り、帰りはアクアラインで戻る、という一周も、案としては出ていた。時刻も料金も、この朝は見ていない。見ていないものを、決まりにはできなかった。
伊豆側は、西へ海岸をたどる形が、一度はしっくり来ていた。しっくり来たあとに館山へ戻しているので、しっくりは決定ではなかった。
お盆に実家へ帰るときも、最初はバイクのつもりだった。天気を見て電車に変えて、それでも帰ることは守った。
目的は残して、行き方だけ変えた日のことは、前に書いている。
あの日は、目的が一つで、手段だけが変わった。今回は、目的に見えるものが二つある。走りたい、と、食べたい。両方を満たしそうな海岸が、千葉側にも伊豆側にもあって、どちらを捨てるかが決まらない。
手段を変えて目的を守る、という整理は、この朝にはまだ使えなかった。守るべき目的が、一つの場所に置かれていなかった。
計画が、出発にはなっていない

波のない午前に、ツーリングや江の島が候補だけ残って、どれもその日の行動にならなかったことがある。
時間や気持ちで、候補のまま終わった朝のことは、前に書いている。
あの日は、時間が足りない、気持ちが乗らない、で落ちた。今回は、乗っていない感じではない。食べたいものと、走りたい道は、朝からはっきりしていた。
はっきりしているのに、地図の上で行き先が往復していた。
この時点では、館山にも伊豆にも出ていない。天候も、店の営業も、高速や船に乗れる条件も、確認する前で止まっている。バイクの排気量で、通れる道や船の条件が変わるのかどうかも、見ていない。
次にやるなら、気分でどちらかを決めるより先に、行く日を一つ置くことなのかもしれない。日が無いと、営業も風も確かめようがない。ただ、それもこの朝に決めたことではない。あとから見ると、そう順番がついているだけだ。
朝の自分は、美味しいものがある海岸を、まだ二本持ったままだった。


