毎月一度、通院で京成高砂駅まで行く。帰りは上野駅で乗り換える。上野は、そのための駅であることが多い。この日も、いつもの経路だった。
週に一度の休日で、前日は引っ越しのアルバイトだった。疲労が溜まっている日の通院は、割とつらい。身体はすでに重い。それでも、乗り換えのあいだに少しだけ気分を変えられたら、と思った。
上野で降りて、どこかへ寄って、また電車に乗る。その程度の空きだった。観光の日ではない。気分転換できそうな場所を、ChatGPTに聞いてみた。
最初の提案は、時間が合わなかった

出てきたのは、ニッチな博物館や、珍しいスポットだった。名前はいくつか並んだ。ただ、それほど長い時間、ゆっくりできる時間帯ではなかった。
その日の時計に合わなかったので、スルーした。珍しい場所を見に行く日にはならなかった。
通院の帰りに、上野公園のほうまで歩いた日がある。あのときは寄る余白があって、陶器市に当たった。人の多さで途中から疲れて、それでも、あれで十分だと思えた。
この日は、あの余白がなかった。気持ちを変える場所を探してはいた。使える時間は、軽く何か食べて戻れるかどうか、という長さだった。
軽く食べて帰ろう、になった

ちょうど、軽く食事をしたい気分だった。何か美味しいものを食べて帰ろうか、と考えて、食べ物屋を改めて出してもらった。
相談を重ねるうちに、海鮮でいこう、というところに着いた。最終的に選んだのは、まぐろ問屋 三浦三崎港 上野店。画面の向こうで名前が決まって、ここで食べるつもりで駅を降りた。
店の前までは行った

店の前まで行った。中は見えた。結構混んでいた。座席が狭く、居心地が悪そうだった。
美味しいものが食べたい、という気持ちは、店の前に着いた時点ではまだあった。そこから先が続かなかった。あの混み方と、あの席の狭さのなかに、自分を入れる気になれなかった。食べるのをやめた。店を出たあとも、何か食べて帰りたい気持ちは残っていた。次の店は、その続きだった。
味は、分からないまま残っている。この店について持って帰ったのは、前まで行ったことと、そのとき混んでいて、席が狭そうだったことだけだ。また空いているときに入るかどうかは、この日は決めていない。
回転寿司の前でも、かなり悩んだ

近くに、同じような回転寿司の店があった。入るかどうか、かなり悩んだ。
店の前で、入ろうか、やめようかが見えなくなった。見ている時間は短くなかった。結論の言葉だけが短かった。なんとなく、食べる気にならない。理由を一枚にしないまま、スルーした。
海鮮でいこう、と決めた流れは、ここでもう一度止まっている。一軒目は席が合わなかった。二軒目は、食べる気そのものが起きなかった。
着地は、かき揚げそばだった

結局、駅のプラットフォームにある立ち食いそば屋に入った。食べたのは、かき揚げそば。立ったまま、いつもの食べ方だった。
いつもの立ち食いそばのパターンだった。自分でも、少し笑える。まぐろの店の前まで行って、回転寿司の前でも悩んで、戻ってきた先がプラットフォームのそばだった。かき揚げが乗っている分、いつものそばと少しだけ違う。立ち食いであること自体は、いつものまま残った。
そばがまずかった、という話ではない。味をどう感じたかは、この日の言葉にはない。残っているのは、結局ここに着いた、という感じのほうだ。美味しいものを食べて帰る日になるかと思っていた流れが、いつもの場所に戻っている。その戻り方が、あとから見るとおかしい。
靴下は、茅ヶ崎のユニクロで買った
冬用の靴下を補充する必要があった。帰りにユニクロへ寄るつもりでいた。上野駅の周辺にも店があったので、立ち寄った。
店舗は狭かった。目当ての靴下は売っていなかった。狭い店で、欲しいものもない。そこでは買わずに出た。
茅ヶ崎駅まで戻って、駅ビルの中のユニクロへ寄った。目当ての靴下は、そこにあった。買って帰った。

食事のほうは、選んだ店では終わらなかった。靴下のほうは、家の駅で終わった。一日のなかで、予定どおりに閉じたのは靴下のほうだった。
休日の残りは、睡眠だった
電車の中でも寝て過ごした。帰ってきてからも、割とすぐに寝た。前日の引っ越しで残った疲労が、通院の移動に乗っていた。上野の前後は、電車の中で寝ている時間が長かった。

この日は週に一度の休日だった。起きたまま使った時間の多くは、通院と、上野での寄り道だった。残りは、寝て回復することで終わった。
引っ越しの翌日に、回復で一日が終わることは、前にもある。
この日は、その途中で三浦三崎港の前まで行って、かき揚げそばを食べて、冬用の靴下を一つ買った。休日が、それ以上の何かに広がった感じはしなかった。

