夜中に目が覚め、そのまま眠れなくなった。
考えごとを始めると、頭だけが先に走っていく。仕事のこと、今後の収入のこと、作りかけのWebサイトのこと。考えれば考えるほど気持ちは落ち着かず、久しぶりにタバコを吸いたくなった。
結局、私は一箱買ってしまった。
久しぶりの一本は、驚くほどおいしくなかった。それなのに、気がつけば次の一本へ手が伸びていた。おいしくもない。気分が晴れるわけでもない。それでも吸ってしまう。
その感覚が、少し怖かった。
タバコで変わらなかった気分が、外へ出ると変わった
家にいる間は、何をしても気持ちが切り替わらなかった。
そこで、海の様子を見に行くことにした。サーフィンができるかどうかを確かめるためでもあったが、正直なところ、家の中に居続けることに耐えられなかったのだと思う。
バイクで海へ向かい、いくつかのサーフポイントを見て回った。
最初に見た海は、波の数値だけなら悪くなかった。しかし実際には風で面が乱れ、波も大きく、入っている人はほとんどいなかった。
次に見た海では、同じうねりなのに多くのサーファーが入っていた。広い砂浜にいくつもの波が割れ、途中まで歩いて沖へ出られる。少し場所が変わるだけで、海の表情はまったく違っていた。
さらに別のポイントでは、波はきれいに見えたものの、セットは自分の技量では難しいほど大きかった。
同じ朝、同じ地域、同じうねり。それでも、場所によって「入れる海」と「入れない海」がある。
数字だけを見ていたときには分からなかったことが、実際に移動して見ることで少しずつ理解できた。
動いたことで、悩みが観察に変わった
家にいたときの私は、気分の悪さをどうにか消そうとしていた。
タバコを吸えば少し楽になるかもしれない。昔の習慣に戻れば、落ち着くかもしれない。そんな期待があった。
けれど、実際に気分を変えたのはタバコではなかった。
自分で行き先を決め、バイクを走らせ、海を見て、人の動きを観察し、気になったことを考える。その一連の行動だった。
気分の悪さが完全になくなったわけではない。それでも、家の中で同じことを考え続けていた状態から、「なぜこの場所では波が大きすぎるのか」「別の場所ではなぜ多くの人が入れるのか」という具体的な問いへ意識が移った。
悩みが、観察に変わった。
それだけで、心の中に少し余白が生まれた。
好きなことが、未来の仕事につながる瞬間
私は、海の情報を扱う小さなWebサービスを運営している。
この朝に見たものは、単なる個人的な記録ではなかった。数値上は高得点なのに実際には入りづらい場所があり、逆に数値だけでは目立たなくても、多くの人が楽しめる場所がある。
利用者が本当に知りたいのは、「波が何メートルあるか」だけではない。
自分の技量で入れるのか。沖まで出られるのか。大きすぎるとき、どこへ移動すればよいのか。そうした判断を助ける情報こそ、役に立つのだと気づいた。
好きなことのために動いた時間が、未来の仕事を改善する材料にもなった。その実感も、朝の停滞感を変えてくれたのだと思う。
遠回りに見える行動が、次の選択肢を増やす
その朝は、結局サーフィンをしなかった。
一見すると、時間とガソリンを使って海を見ただけに見えるかもしれない。
けれど、近くにも強いうねりを避けられる場所があること、少し遠くまで移動すれば入れる可能性が高まること、自転車やバイクを使い分ければ選択肢が増えることが分かった。
次に同じような波が来たときは、最初から別の場所を確認できる。これまでなら「近所の海が駄目だから今日は終わり」だった朝が、「次はあそこを見てみよう」に変わった。
これはサーフィンだけの話ではないと思う。
気持ちが沈んだとき、私たちはすぐに答えを出そうとする。何かを買う。酒を飲む。タバコを吸う。スマートフォンを眺め続ける。
けれど、本当に必要なのは、気分を直接消すことではなく、今いる場所から少し移動することなのかもしれない。
失敗した朝ではなく、戻る道を見つけた朝
もちろん、タバコを買ってしまったことは後悔している。
短い時間で何本も吸ってしまい、以前の生活へ戻ってしまう怖さも感じた。
それでも、この朝を「禁煙に失敗した朝」だけで終わらせたくはない。
吸ってもおいしくなかった。気分も良くならなかった。それなのに習慣だけは、驚くほど早く戻ろうとした。
その事実を、自分の身体で確認できた。
だからこそ、今ここでやめる理由もはっきりした。
人は、一度つまずいたからといって、最初からやり直しになるわけではない。途中で戻る道を選び直すことはできる。
この朝、私を少し前向きにしたのは煙ではなく、海まで走り、自分の目で確かめたことだった。
気分が沈んだとき、答えは頭の中だけにあるとは限らない。
少し外へ出る。少し移動する。実際に見る。
それだけで、同じ朝が違って見えることがある。