夜中の3時を過ぎて、頭に残っていたのは作業ではなかった。
一緒にやってきた仕事がある。外から見える顔は、相手の会社になっている。自分は、その外側を整える側にいる。文章を書き、届き方を見て、サイトを動かし続ける。代金や契約のほうは、相手の会社の側にある、という形でここまで来た。
その夜、ふとこう思った。
この会社を、自分のものにできないか。
新しく会社を作って、自分が代表になる。あるいは、今ある会社の代表を、自分に入れ替える。外の見え方はそのままに、中の人だけを替える。そうすれば、この仕事を同じ形のまま続けられるのではないか。
最初の仮説は、ずいぶん単純だった。問題は、名前の置き場所だ。名前を自分へ移せば、仕事の形は残る。
入れ替えるだけで済むと思っていた

気持ちが先に寄ったのは、新しく作るほうではなかった。
今ある会社の代表を、自分に入れ替える。サイトも、お客様との続きも、そのまま残る気がした。新しく会社を立てるより、手間は小さそうだった。作る、移す、また一から説明し直す。その列を想像しただけで、代表を替えるほうへ手が伸びた。
ただ、そこに一つ引っかかりがあった。
代表の欄が自分の名前になっても、会社そのものを持ったことにはならないかもしれない。表に出る責任だけが自分へ来て、持っている人は相手のまま。その可能性を、自分ではまだ確かめていない。
「入れ替える」という言葉が、肩書きと、会社を持つこととを、同じものとして扱っていた。そこは、その夜のうちに分かれ始めた。分かれただけで、どちらにするかは決まっていない。
残したかったのは、見え方だった

変えたかったのは、仕事の中身ではなかったと思う。少なくともその夜の文面は、商品を作り直したい、とは書いていない。
残したい、と言っていたのは体裁だった。外から見たときの形。今のサイトの顔。その顔を保ったまま、法人だけを入れ替えられないか。
ここが、まだ自分でも怪しい。
体裁を残したいのか。それとも、体裁の後ろにいる人を自分にしたいのか。両方を一度にやろうとして、一つの質問にしていた。
一つの質問のままだと、答えも一つに見える。入れ替えれば残る。残らない。その二択になる。
分けてみると、少なくとも三つある。
外の見え方を残せるか。
会社を自分のものにできるか。
そのあと、今と同じやり方を続けてよいか。
三つ目が、一番うやむやだった。見え方と、やってよいことを、同じ箱に入れていた。
名前を変えることと、やってよいことは別だった

この仕事を相手の会社の顔でやってきたのには、理由があった。自分の側が、そのまま販売する形になるのを避けたかった。ルールの外側に出ないための形だった。
だから、会社を自分に替えたあとも、その形が残るのかが分からない。
残したいのは、サイトの見え方だけではなかった。やってよい範囲も、一緒に残したかった。名前を自分に移した瞬間に、避けていた側へ自分が立つなら、入れ替えは守りにならない。
ここは、まだ言葉が荒い。
海の向こうの会社を、自分が経営できるのか。
日本にいながら、これまでどおりこの仕事を続けてよいのか。
この二つは、同じ問いに見えて、別だった。その夜は、別だと気づいたところまでで、どちらの答えも持っていない。
誰が株を持っているのか。登録は、どの名前で残っているのか。相手の国で、外国に住む自分がどこまで持ってよいのか。手元の記録だけでは、そこが空だった。数字をひとつ覚えて、それで決めた、という状態ではない。覚えていない数字で、会社は動かせない。
以前、同じ相手との仕事で苦しかったのは、作業の量そのものではなかった。やっていることが、足りないように扱われた夜がある。
あの文章は、答えが出ていない、で終わっている。今回の夜も、そこに近い。ただ、考えている場所が少し動いた。分かってほしい、の先に、それなら会社ごと自分へ寄せたらどうなるか、が来ていた。
仕事の選び方に、戻してみた

会社を自分にできるかとは別に、それを続けたいか、もある。
個人の仕事を選ぶとき、自分は六つの見方を置いている。お金になるまでの近さ。成果が見えるか。生活が良くなるか。自分の感覚とずれないか。人との消耗が増えすぎないか。積み上がるか。
この夜の案は、その表のどこかに丸を付けて出たものではない。丸を付ける前に、「名前を移せば残る」という仮説が先に立っていた。
感覚とのずれは、まだ測っていない。人との消耗を減らすために名前を移すのか。移したあとに、消耗の種類が変わるだけなのか。名前が自分になっても、判断の重さが軽くなるとは限らない。そこも、この時点では分からない。
まだ、はいとは言えない

欲しかった一文は、短い。
入れ替えるだけで、運営できる。
その一文を、自分ではまだ書けない。書けないから、案を捨てたわけでもない。新しく作るほうと、今の会社の代表を変えるほうと、両方を机に置いたまま、その夜は越えている。
お客様の名前も、金額も、相手の会社の正式な名前も、ここには書かない。書けるのは、考えの順番だけだ。
最初は、名前の問題だと思っていた。
次に、代表と、会社を持つこととは同じではないかもしれない、と分かれた。
その次に、名前を移しても、やってよいことまで一緒に移るとは限らない、と止まった。
止まった場所が、今の場所だ。
次に手を付けることがあるとしたら、気合いで会社を作ることではない気がしている。今の会社の中身を、自分はまだ見ていない。見る前に、代表の欄だけを自分の名前へ変えるのは、先に顔を出してしまう感じがする。
その感じのまま、はい、とは言えなかった。いいえ、と捨てることもできていない。

