ブログは結論が出てから書かなくていい|判断途中を残す「フィールドノート型」の記録

2026.08.21
AIとWeb制作

最近、仕事用に買ったバックパックについて記事を書いた。

ただ、そのバックパックはまだほとんど使っていない。

普通に考えれば、商品レビューを書くには早い。

しばらく使って、良かったところと悪かったところが分かってから記事にした方が、読者にとっても役に立つはずだ。

最初は自分もそう考えた。

でも途中で、

「自分が残したいのは、完成したレビューだけではないのかもしれない」

と思った。

買う前に何を考えたのか。

なぜその容量を選んだのか。

買った直後、何を誤算だと思ったのか。

まだ使っていない今、何を期待しているのか。

それは、結果が分かったあとには書けなくなる記録だった。

結果を知ると、過去の判断まできれいに見えてしまう

今回のバックパックでは、購入直後に「思っていた容量と少し違う」と気づいた。

その時点で書いた記事がこれだ。

数か月後、実際に使い続けた結果、

「この構成で正解だった」

と思うかもしれない。

逆に、

「やっぱり別の商品を買えばよかった」

と思うかもしれない。

どちらになるかは、まだ分からない。

でも答えが出てから最初の記事を書いたら、おそらく文章は少し変わる。

正解だったと分かれば、購入時の判断まで合理的だったように説明してしまうかもしれない。

失敗だったと分かれば、「最初から少し不安だった」と、その違和感を実際より大きく書いてしまうかもしれない。

人間の記憶は、未来から過去を見るときにどうしても編集される。

だったら、まだ答えを知らない自分を、そのまま保存しておけばいい。

そう思った。

研究者のフィールドノートに近いのかもしれない

以前、自分が何をしていると楽しいのかを考えたとき、「世界を観測して記録したい」という欲求がかなり強いことに気づいた。

今回のブログの使い方も、それに近い気がする。

研究者のフィールドノートなら、

「最終的な結論が出るまで何も書かない」

とはならないはずだ。

今日観測したことを書く。

この時点で考えている仮説を書く。

予想と違ったことを書く。

次に確認したいことを書く。

そして後日、また観測する。

最初の仮説が間違っていれば、それも記録として残る。

むしろ、その変化に意味がある。

ブログも同じように使っていいのではないかと思った。

「間違っていた記事」を消したくない

これはゲームの記事を書いているときにも感じていた。

プレイ中に、

「次はこのルートが良さそうだ」

と思って記事を書く。

その後、実際に試す。

すると、思ったほど上手くいかない。

また考え直す。

普通の攻略サイトなら、最終的に分かった最適解だけを残した方が分かりやすいのかもしれない。

でも自分が残したいのは、それだけではない。

なぜそのルートを試そうと思ったのか。

どこで予想が外れたのか。

その失敗から、次に何を変えたのか。

そこまで含めて一つの記録だと思っている。

だから過去の記事をリライトするときも、後から分かった正解ですべて上書きしないようにしている。

ブログの記事群をハブでつなぎ直しているときにも、この「記事を時系列で残すこと」の意味を強く感じた。

一つの記事だけを見ると未完成でも、次の記事、その次の記事まで読むと、判断が変わっていく過程そのものが見えてくる。

購入時・使用後・冬。別の記事でいい

バックパックについても、今後は一つの記事を何度も書き換えて「完全版レビュー」にする必要はないと思っている。

購入時には購入時の記事。

初めて仕事で使ったら、そのときの記事。

冬の厚い着替えを入れてみたら、そのときの記事。

もし数か月後に別のバッグへ変えたなら、それもまた一つの記事にできる。

同じ商品について何度も書くからといって、必ずしも重複ではない。

観測した時点が違えば、記事の役割も違う。

購入前の仮説と、実際に使った結果は別の情報だからだ。

後からそれらを内部リンクでつなげれば、

「最初はこう考えていた」

「使ってみたらこうだった」

「季節が変わると評価も変わった」

という時間軸ができる。

自分としては、その方が一篇の完成されたレビューより面白い。

未来の自分が答えを知っているからこそ

このブログは以前から、未来の自分へ向けて書いているところがある。

未来の自分は、今の自分が知らない答えを知っている。

このバッグを買って良かったのか。

今考えているゲームの攻略法が機能したのか。

作っているWebサイトがどうなったのか。

今日の自分には分からない。

だからこそ、今の判断を残しておく意味がある。

半年後に読み返して、

「このとき、こんなことを心配していたのか」

と思うかもしれない。

「意外と予想が当たっていたな」

と思うかもしれない。

あるいは、まったく違う方向へ進んでいるかもしれない。

どれでもいい。

答えが出たあとに、過去の自分をきれいに書き直さなくて済むようにしておきたい。

ブログを「完成品置き場」ではなく観測記録にする

ブログを書くと、つい一記事の中で結論まで出したくなる。

読者に役立つ記事にしなければ。

きれいにまとめなければ。

検索した人が答えを得られるようにしなければ。

もちろん、それも大切だと思う。

でも、このブログについては、それだけでなくていい。

今日はここまで分かった。

ここから先はまだ分からない。

それでも公開する。

そして何か変わったら、続きを書く。

自分には、その方が自然らしい。

たぶん私は、ブログに「正解」を保存したいだけではない。

正解へ向かう途中で、自分が何を観測し、どう考え、どこで判断を変えたのかを保存したい。

完成した論文というより、研究者のフィールドノート。

最近は、このブログをそんな場所として使うのが少し面白くなってきた。

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