レモン市場とは何か|良い人から辞めていく職場で起きていること

世の中観測

「良い人から辞めていく職場」という言葉を、時々耳にする。

最初はただの愚痴のようにも聞こえる。
けれど、実際に働いていると、その言葉が妙に現実味を持つ場面がある。

誠実に働く人ほど疲れていく。
責任感のある人ほど負担を抱える。
まともに話ができる人ほど、ある日すっといなくなる。
そして残った職場では、雑な対応や不信感が当たり前になっていく。

これは単に「嫌な人が多い職場」という話ではない。
経済学でいう「レモン市場」に近い構造が、職場でも起きているのだと思う。

レモン市場とは何か

レモン市場とは、もともとは中古車市場を説明するための経済学の考え方だ。

英語で「レモン」は、見た目は普通でも中身に欠陥がある中古車を指す。
中古車を売る人は、その車が良い車なのか、問題のある車なのかを知っている。けれど、買う側にはそれが分からない。

外から見ただけでは、良い車も悪い車も似たように見える。
だから買う人は、「もしかしたら欠陥車かもしれない」と考えて、高い値段を出しにくくなる。

すると、良い車を持っている人はこう思う。

「こんな安い値段でしか売れないなら、売らない方がいい」

その結果、良い車は市場から消えていく。
逆に、質の悪い車は安くても売れればいいので市場に残る。

こうして、最終的に質の悪いものばかりが残りやすくなる。
これがレモン市場の基本的な仕組みだ。

本質は「悪いものが多い」ではない

レモン市場を考えるとき、大事なのは「悪いものが混ざっている」という部分ではない。

本質は、良いものが正しく評価されないために、良いものから去っていくことにある。

本来なら高く評価されるべきものが、悪いものと同じように扱われる。
そうなると、良いものほど割に合わなくなる。

これは商品だけの話ではない。
人にも、職場にも、サービスにも起きる。

誠実に働いても評価されない。
責任を持って仕事をしても、できない人と同じ扱いをされる。
むしろ、きちんとやる人ほど仕事を押しつけられる。

そんな環境では、良い人ほど残る理由を失っていく。

職場で起きるレモン市場

職場にも、情報の偏りはある。

管理する側は、現場の細かな負荷を正確には分からないことがある。
逆に、働く側も、会社が何を考えているのか分からない。
その中で、言葉だけが飛び交う。

「考えておきます」
「改善します」
「話は聞きました」

けれど、実際には何も変わらない。

最初は期待していた人も、だんだん分かってくる。
この職場では、誠実に訴えても届かない。
丁寧に働いても、それがきちんと扱われるとは限らない。

すると、他に選択肢のある人から離れていく。

能力がある人。
他の職場でも通用する人。
公平さや敬意を求める人。
雑に扱われることに慣れたくない人。

そういう人ほど、「ここで我慢しなくてもいい」と判断する。

残った人が悪いとは限らない

ここで気をつけたいのは、残った人を単純に悪者にしないことだ。

レモン市場化した職場に残る人は、必ずしも能力が低い人や性格が悪い人だけではない。

家庭の事情がある人もいる。
他に移る余裕がない人もいる。
環境の悪さに慣れてしまった人もいる。
強い言い方をしないと自分を守れないと学んだ人もいる。

ただ、その職場に長く残るためには、その環境に適応しなければならない。

不信感を前提に動く。
どうせ変わらないと思って諦める。
強く言わないと通らないと考える。
雑な対応を普通のこととして受け入れる。

そうした行動が、職場の標準になっていく。

つまり、職場の空気は、そこに残った人の性格だけで作られるのではない。
その環境が、どんな行動を残してきたかによって作られる。

レモン市場化した職場は自己強化する

一度この流れが始まると、職場はどんどん悪循環に入る。

良い人が辞める。
残った人の負担が増える。
忙しくなり、余裕がなくなる。
対応がさらに雑になる。
新しく入った人も定着しない。
また人が足りなくなる。

人手不足だから雑になる。
雑だから人が辞める。
人が辞めるから、さらに人手不足になる。

こうなると、ただ採用すれば解決するわけではなくなる。
新しく良い人が入ってきても、その人が残りたいと思える環境がなければ、同じことが繰り返される。

問題は人手の数だけではない。
「良い人が残る理由」があるかどうかなのだ。

良い人が残る職場に必要なもの

レモン市場を防ぐには、良いものがきちんと評価される仕組みが必要になる。

職場で言えば、仕事ぶりをきちんと見ること。
誠実な人にだけ負担を押しつけないこと。
できることとできないことを、曖昧にせず説明すること。
約束したことを放置しないこと。
雑な言動を「そういう人だから」で済ませないこと。

つまり、信頼できる人が「ここに残ってもいい」と思える理由を作る必要がある。

それがない職場では、まともな人ほど静かに去っていく。

そして去ったあとに、残った職場だけを見て「最近の人は続かない」と言っても、たぶん本質からはズレている。

違和感を構造で見る

職場に違和感があるとき、人はつい自分を責める。

自分が弱いのか。
我慢が足りないのか。
周りに合わせられない自分が悪いのか。

もちろん、自分側に改善できることもある。
けれど、それだけでは説明できない違和感もある。

そんなときは、レモン市場の視点で見てみるといい。

この職場では、どんな人が残りやすいのか。
どんな人から辞めていくのか。
誠実に働く人が報われる設計になっているのか。
良い人が残る理由があるのか。

この問いを立てると、個人の性格ではなく、環境の構造が見えてくる。

良い人が辞めるのは偶然ではない

良い人が辞めていく職場では、たいてい何かが起きている。

評価されない。
守られない。
話を聞かれても動いてもらえない。
責任ある人ほど損をする。
信頼できる人ほど疲れていく。

そういう構造があるから、良い人から去っていく。

レモン市場という言葉を知ると、「嫌な職場だった」で終わらせずに済む。
そこにいた人を雑に決めつけるのではなく、なぜそういう人が残り、なぜそうでない人が離れたのかを考えられる。

良い人が残れない場所には、必ず理由がある。

その理由を見ることは、次に自分がどこで働くか、何を我慢しないかを考えるための、大事な判断材料になると思う。

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